軌跡~ある教員サークルの興亡~29
待ち伏せと言っても、何時から何時まで待てばいいかわかりません。
浪人時代、自分が予備校に着く午前八時半に、白山さんはカウンター内の机で仕事をしていましたし、午後八時半まで開いている自習室から帰る時にも結構な頻度で彼女がいるのを見た気がします。
まさか一日の仕事が十二時間と設定されているはずはないので、夜に白山さんを見たのは残業のためか、シフト勤務のためだと思うのですが、それが故に彼女の本来の終業時間を絞り込めずにいました。
仕方ないので、夕方の五時から六時を一応の終業時間と設定し、その時間を重点的に待ち伏せに当てることにしました。
一日目、春にしては暑い日です。
例の予備校前に開店したコーヒーショップで、アイスミルクティーをトレイに乗せて席を探しました。
全面ガラスの前に一枚板で出来た横長のテーブル席は、眺めがよくて人気があり、空いていません。
仕方なく、窓に近い二人掛けのテーブル席に陣取り、卒論のための資料を鞄から取り出しました。
無論この状況でそんなものが頭に入ってくるはずもなく、ただのカモフラージュです。
目は予備校の出入り口に釘で打ったかのように固定されています。凝視です。
張り込みの初日からホシが現れることはない。
刑事ドラマの鉄則です。
長期戦を覚悟していましたが、ふと視界に入ったのは見覚えのある顔と、まぎれもないチューターの制服。
腰を浮かしかけましたが、何とか踏みとどまりました。
お世話になったチューターです。が、自分の属していた私立文系コースの二人のチューターのうち、白山さんじゃない方でした。
彼女は予備校の隣の隣のビルにある、半屋台の軽食屋でおそらくたい焼きを買ったようです。
午後五時を過ぎて制服で軽食を買いに来たというのは、残業のための腹ごしらえでしょうか。
やはり新年度になってまだ一ヶ月も経たない頃は、忙しいのかもしれない。
(これは白山さんの終業時間も読めなくなったな)。
というのが自分の感想。
それでいて失望はありません。
会いたい人に会えるかどうかわからないのに、待ち続ける。
そこに、ある種のスリルとお楽しみを感じていました。これもストーカー脳です。
白山さんがこちらの待ち伏せを知っていたとしたら、ある種どころか、スリルそのものだったのでしょうけれど。