鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~93

 

「女の子なら誰でもいいんですかね?」

その時、桃野さんが目を付けていた大和撫子の染谷さんは、本条さんと随分タイプが違います。

だからそう訊いてみると、畑野さんは「ちょっと本音を言い過ぎ」と、世話好きのおばちゃんが馴れ馴れしくしてくるような調子で肩をパシッと叩きました。

「節操がないように見えるのは仕方ないけどね」

「見えるだけですか?」

すかさず訊くと、畑野さんはまた肩を叩きました。

「河合君、思ったことをそのまま口にするのは危ういよ。オブラードに包む話し方を覚えなきゃね」

言葉は説教調でしたが、笑いながら言ったということは、こちらの桃野さんに対する見方が間違っていないとの証明でしょう。

 

 

それからすぐに、ホームの端に人影が見えました。

歩いて近付いてくる人は、本条さん。

「この駅、どこからでも入れます。改札じゃなくても。ホームの一番先に階段があるんです。駅の近くにだけ柵があって、ちょっと離れたところから線路に入れちゃいます」

彼女はそう言うと、すぐにベンチに座らず、いつも持っている肩掛けのポシェットから扇子を出して煽ぎ始めました。

「そうなの?じゃあ、私も見てこようかな」

(本条さんと二人だけにしないで)と言いたいところですが、そこまで無神経ではありません。

後ろを見ずに、ホームの先頭へ歩き去って行く畑野さんが見えなくなるまで見送り、一、二、三と数を数えて心の準備をしてから顔を正面に戻しました。

 

視界の右隅で、扇子がパタパタ動いているのが見えます。

本条さんはまだ立ったまま。

駅に迷い込んでくる微風を全身で受け止め、歩いて火照った体を早く冷ましたいのでしょう。

「何か、面白いものありました?」

蝉が鳴き止んだ隙に質問を発してみました。

すると本条さんは、案山子が急に喋ってびっくりしたような顔をし、首を左右に振りました。

「なかった」

素っ気ない返事に深く傷付きつつも、予備動作なしに話し掛けたのはいけなかったと反省しました。

顔や首を動かしたり、手の位置を変えたりして、話をします、と暗に表明しなかったのが悪いと考えたのです。