鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~4

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「お、見付けてきたのか?」

パーテーションで仕切られ、即席の個室に見える一つの区画からこちらへ野太い男性の声が掛けられました。

「うん、一人。文学部の子。そういえば、学科は何?」

お姉さんは男性に答え、それから自分に質問しました。

「国文学です」

「じゃあ、私や桃野君の後輩だ。私も国文だからね」

どうやら奥の男性は桃野という名前のようです。そんなことよりお姉さんの名前が知りたい。

「へえ、じゃあ、時間割組んであげるよ。シラバスの見方だって、よくわからないんだろう?」

シラバスってなんだろう?)

どこかで聞いたことがある気はするけれど、すぐには思い出せません。

「その前に自己紹介だ。俺は一応サークルの代表で桃野って言う。桃野透。透けるって書いてトオルって読む」

と、透明感のない彼が言いました。硬そうで短い亀の子たわしのような髪、アトピー性皮膚炎らしく顔じゅうが吹出物の赤やそれが治った跡の青さで斑色の顔に、銀縁眼鏡。異相とも見えますが、人のことは言えません。こっちだって吹出物の数では負けていないのですから。

アトピー性皮膚炎とニキビとを同列に語るのは無知だとは承知です。失礼でもありますし。ただ、当時の自分は、自分こそアトピーかも、と疑うほどに全身が吹出物だらけでした。

あと、桃野さんが異相だというのはアトピー性皮膚炎のせいだけではありません。もし吹出物がなかったとしても、ぎょろ目で唇が厚く、身長も180くらいあり、ラグビーでもしていそうな体格から只者じゃない様子を見せていたのです。

「私は畑見ほのか。畑を見るでハタミね。ホノカは平仮名」

畑見はともかく、ほのか、良い響きです。その耳に心地いい声とリズムに浸りながら自分も名前を名乗りました。

「河合君ね。よろしくお願いしまーす」

「よろしく」

握手でも求められたらどうしようかと思いましたが、そこまでフランクなものではないようで安心したのを覚えています。思えば大学や大学のサークルに過剰な期待と偏見とを持っていたものです。

「畑見ほのかはまだ交代じゃないだろ?」

桃野さんが左腕のG-SHOCKを見ました。

一方で、(大学って女子のことを姓名フルネームで呼ぶのか)と勘違いしている男子校出身の自分がいます。

「うん、飲み物買おうかなって、財布取りに来ただけ。すぐ勧誘に戻るよ」

「そうか。じゃあ、河合君には俺から説明しとくよ」

畑見さんはパーテーションの足元に置かれたショルダーバッグから財布を取り出すと、「じゃあ、また後でね」と告げて階段へ向かいました。

「国文だと一年目が忙しいんだよな。シラバス見せてみ」

だから、そのシラバスってなんだろう、頭をフル回転させ、桃野さんが新入生なら当然持っていると思っているもの、国文という学科に必要そうなもの、そういえば時間割に関係ありそうなことを勘案し、それが冊子体の時間割表だということに思い至りました。

あれをシラバスと呼ぶのか……。

シラバス、元はギリシャ語で羊皮紙のラベルのことを差すのだそう。

Wikipediaからの受け売りですが。