鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~3

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サークルの新入生勧誘は熱を持って続いています。

なぜあれほど新入生を欲しがるのか、実は今でもわかっていません。

それというのも、勧誘をしなくても新入生は興味があればそのサークルなりクラブなりに自ら赴くと考えているからです。

入学式の日に縁日のように道の両脇に机を並べ、チラシを配り、果てはごちそうに連れて行ったり。

そこまでする価値が新入生にあるのかどうか。

そんな、勢いに釣られて勢いで入ったような学生は長続きしないのでは、と考えてしまうのは、そういう集団に属したことがない自分の偏見なのかもしれない。

 

あるいは、勧誘している人もそんなことは分かっていて、ただ伝統として続いているこのお祭り騒ぎをしてみたい、ということなのか。

また、そんな風に賑やかに新入学生を迎えることで、大学は楽しそう、と思わせる効果を醸しているのか。

真相はわかりません。

 

ともあれ、熱に浮かされたように何かしらのサークルに入らなくては、と目を皿のようにし、耳をダンボのように広げ、自分に合った場を探している新入生は多かったと思います。

ダンボ……少し例が古いような気もします。

そういえば、自分は「ダンボ」というあだ名を持っていました。

そしてそれはコンプレックスだった……。

いずれ「コンプレックス列記」で取り上げます。

結構ひどい思い出がありますし、鬱の遠因になっているのは間違いないので。

 

ともあれ、曲がりなりにも教員サークルに予約が出来た自分です。

心に余裕が出来ていました。

他の新入生たちの、どこかに入らなければ、何かを掴まなければ、何がしたいのかわからないけど、という顔を他人事のように眺められるほど。

心が小さいから、そんな小さな達成で満たされてしまうのです。

小さい人間です。その時も、今も。

 

一応航空サークルや、文芸部、漫才研究会などなど、誘われるままに話を聞きに行ったところはあります。

でも、どうもしっくりくるところが無い。

教員サークルに出会った時のような閃きを感じないのです。

運命だ、そう思っていました。

だから、他のサークルでの説明を聞いても身が入らないのです。

ですが、今思い返して気付くのですが、あれはアヒルやカモのヒナが卵から出て初めて見たものを親と思い込む刷り込みと同じようなものだったのではないかと。

大学に入って自分という殻から出ようとした時に、初めて見たのが教員サークルの優しいお姉さんだった、単純にそれだけの理由で「しっくり」を感じていたと仮定できる気がします。

 

一通りサークルや部活動を見て回った後、自分は食堂の上の階にあるガランとしたホール、というかただの空きスペースに向かいました。

そこは教員サークルと同様、部室を持たないサークルの仮控室となっていたからです。

階段を上りきったところで、トントンと肩を叩かれました。

振り返ると、これまで満員電車や身内以外で一番近くにあのチラシをくれたお姉さんが笑顔を見せています。

「来てくれたんだ。ありがとう」

喜びに溢れた声、

(何があっても絶対ここに入ろう)

そう決意していました。(本日二度目)