鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~23

 

「何かあれば」と白山さんが言った部分を綺麗に頭から忘却せしめ、後半の「遊びに来てください」との言葉に忠実に従った結果が、湯島天神のお守り持参での予備校行きでした。

そこはプロのチューターです。

内心では、「本当に来た……」とは思ったかもしれませんが、白山さんは暖かく迎えてくれました。少なくとも表面上は。

 

「久しぶり。大学生っぽくなったね」

どこがどうとは言われませんでしたが、自分の中で「大学生っぽくなって、予備校の時よりは恋人として考えられるようになったよ」と補完されました。

だから、ニヘラニヘラと表に出してはいけない顔になっていたと思います。

「で?」と訊かれるのが怖かったので、急いで緩み切った顔を取り繕い、学業成就のお守りを取り出しました。

「これ」

真っ白な紙に朱文字で湯島天神の紋と神社名が描かれた包み紙を見て、白山さんは小さな小さな角度で首を傾げました。

かつての教え子が、お守りを携えてやってくる。ありえなくはなくとも、恐らくはチューターの職に就いてからは初めてだったのだと思います。

「あ、あの、後輩が、みんな志望校に行けるといいなと思って」

そう言うと、白山さんもこちらの意図を理解し、「ありがとう」と笑顔になりました。

「わざわざ湯島天神まで行ってくれたの?河合君の大学からは遠いでしょ?」

「ちょっとそちらの方に用がありましたから」

大嘘の答えをしつつも、またもや人に見せてはいけない形の笑みが湧いてくるのを必死で止めていました。

自分がどの大学に行ったのか覚えていてくれたのが、堪らなく嬉しかったのです。

 

受け持った二百人近い生徒の進学先を全員分余さず覚えているものなのか。

それはない気がします。

とすれば、お気に入りの生徒だけをピックアップして記憶していたのでは、との推測がこちらの頭の中にお花畑を作り出していました。

 

冷静に、今振り返り見れば、お気に入りなんかではなかったのは分かっています。

どちらかと言えば気になる存在だったのではないか。

言うまでもなく、好きだから気になるのではありません。

むしろ白山さんは、我が身に危険を感じていたのではないでしょうか。

つまりはストーカーに付きまとわれているような感覚として、こちらのことを気にしていたのではないかと推測されます。

何かがあれば、家や学校に連絡しよう。もしかしたらそうとまで考えて、こちらの個人情報や進学先を覚えていたのかもしれません。

とすれば、白山さんは正しい行動をしていたことになります。

 

なぜならば、実際のところ自分はストーカー気味だったのですから。