鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~31

 

(なに?!)と横を振り向いた時に、その勢いの激しさで座っていたスツールが斜めになり、ガタっという音を立てました。

「ごめんなさいね、突然」

言ったのは、右隣に座る中年女性でした。

水色のチェック柄のブラウスに、藍色のスカーフを肩から掛け、やや派手な化粧。ちょっと洒落た格好です。

彼女はこちらの驚きように目を丸くしましたが、すぐに「ちょっとお願いがあるんだけど」とぎこちない愛想笑いへと表情のチャンネルを変えました。

「な、な、なんでしょう?」

万引きの犯人が万引きGメンに捕まる時のような心境でしょうか。

背中にツーっと冷たい汗が走るのを感じました。

待ち伏せがバレているのか、と警戒しつつ、何とか平静を装い(失敗していますが)用向きを尋ねました。

「あのね、ケータイの電源が入っていたらオフにしてほしいの。こちら、心臓にペースメーカーを入れているから」

そう言って一度顔を横に向けた彼女のさらに右隣には、やはり身なりのいい老婦人が申し訳なさそうな顔でこちらを見ていました。

「あ、はい、大丈夫です。切ります」

待ち伏せの糾弾じゃなくてよかったと、心の底からほっとしつつ、ズボンの後ろポケットに入れているケータイを取り出して電源ボタンを長押ししました。

「ありがとうね」

中年の夫人が言い、老婦人も目を細めてお辞儀を寄越しました。

自分も心の底から安堵して、これまでの人生でナンバー3に入るであろう満面の笑みで「構いませんよ」と返しました。

 

 

安心のため息をつき、いざ待ち伏せ再開と気持ちを切り替えた時です。

予備校の職員用通用口が開きました。

アイスコーヒーのストローをつまんだ状態で、自分の体が固まります。

目だけが窓の外を歩く人物を追って右に動いていきます。

パステルグリーンのポロシャツに、クリーム色のスラックス。

見慣れたチューターの制服じゃないと、こんなに印象が変わるのかと惚けました。

新緑の季節に、新緑色の服装。女性誌が推しそうなコーディネイト。

白山さん、本人です。本物の。