鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

その手を繋いだことが

 

人とのスキンシップ、これほど今の自分から遠い言葉はない、そう思っていました。

特に手を握るといった親愛の動作をすることは、遥か遥か遠い場所での出来事のように感じていました。

 

手を握ること、それ自体はしてきました。

幼い時、思春期に入ったちょうどその時、そして学生時代。

 

と、数えるほどの機会しかないと思っていましたけれど、老人ホームで働いている時に度々利用者さんの手を握って来ました。

そこにいた時の記憶を消し去りたいので、うまく忘れていたのだけれど。

記憶は掘り起こされてしまうものです、どうしても。

 

けれど、やはり一番深く記憶に刻まれている握手は、とある女優とのものです。

AKB48がしているような握手商法がまだ一般に普及していない頃だったと思います。

2,000年前後でしたから。

お相手の女優とは言うと、かつては一世を風靡したような気もする池脇千鶴さん。

今、芸能界から消えつつある気もしますが、ホームページを見ると活動しているようなので一安心。

NHKのBSでの活動が主なようです。

BSってなんだろうとずっと思っていたので、いい機会だから調べました。

Broadcasting Satelliteの頭文字を取ってBS、つまり衛星放送のことだそう。

それはそれとして、自分は今も池脇千鶴さんのファンです。そう熱心なファンではありませんが。

 

とある少年誌のグラビアに彼女の写真が載った時、雷に打たれたようなショックを受けました。

なんて清楚で可愛くてチャーミングで綺麗な人だ、と。

即その少年誌を買い求め、以降コンビニに行くたびに彼女のグラビアが載った雑誌を探す日々が始まりました。

 

そしてなんと待ちに待った写真集が発売されるという情報に触れ。

さらにさらに、発売と同時に握手会も開かれるという。

行くしかありません。行ける距離にあるので、行かない選択肢はない。

 

場所は新宿紀伊国屋書店

写真集購入者に握手の権利が与えられるとのこと。

そんな機会に触れたことがない自分です。

期待もありましたが、不安もあります。

そもそもが女性と接する機会がない人生です。

池脇千鶴さんに触れて、本当に恋に落ちてしまったらどうしようという迷いもありました。

今考えれば馬鹿げたことと切り捨てられますが。

手汗が出てたら恥ずかしいな、とか。

緊張のし過ぎで顔面がテカテカしてたらやだな、とか。

悩みと迷いは色々です。

 

色欲どころか、食欲も睡眠欲もほぼすべての欲が無くなっている今の自分からは想像できません。

たとえ今、自宅から一番近い駅で彼女の握手会があったとしても行かないでしょう。

無料でも行きません。

鬱で体力が落ちているというのもありますが、そこまでの熱意がもうないのです。

何も望んでいませんから。

 

話を戻して、新宿紀伊国屋です。

てっきりレジを挟んで、写真集を手渡される時についでに手を握れるといったことになるのだと思っていました。

が、現実はもっと殺伐としていました。

まず紀伊国屋書店の前の通路に並ばされます。

しかもなぜか立ってはいけないというので、その場に座らされました。

胡坐をかいている人が殆どでしたが、そこはただの通路。

ガムを捨てたり、唾を吐いたりする人が通る場所です。

自分は意地でも胡坐をかきませんでした。

体育座りもせず、なんていうんだろう、ヤンキー座りの足を閉じたバージョンというか。

とにかく、地面についているのは靴の裏だけという状態です。

 

そんな胡坐組、体育座り組、その他の座り方組の列が五列ほど。

一列は二百人くらいいたのではないかと思います。

そんな異様な光景が、紀伊国屋書店前の通路に現れたのです。

先に述べた通り、そこは駅へ続く通路です。

脇を人々が歩きすぎる場所です。

もしも自分が通行人だとしたら、「なにこれ?」と首を傾げるでしょう。

そして、誰かの写真集を買って、その誰かとの握手会を待つ人の列だと知ったら、「きも!」と思ったでしょう。

気持ち悪いですもの。並んでいる自分が思ったのですから間違いありません。

 

確か池脇千鶴さんが来る時間が決まっていて、それまでは列から出られなかったと記憶しています。

その気持ち悪い列の前方が動き出したことから、彼女の到着を知りました。

どこに向かうかと思いきや、なぜか店内から離れた人気のないところへ移動していきます。

着いたのは、荷物の搬入口のような、倉庫のような場所。

そこに向かって列の最前列の人たちが一人ずつ入り込んでいきます。

正直に言うと、帰りたくなっていました。

怪しげな宗教儀式みたいでしたもの。

 

ですが、もうこんな経験もないという気持ちに切り替え、じりじり進む列に付いていきました。

すると、後ろに並んでいた30代と思われる男性二人組がぼそぼそと話しているのが聞こえてきます。

「○子は来月の第一日曜日だっけ?」

「そうそう、池袋だよ」

「○美と被ってね?渋谷だよな」等々。

どうやらアイドルや女優の握手会巡りをしているよう。

もう、帰りたい気持ちがいや増しました。

 

自分は一途に池脇千鶴さんを思っているのに、この男どもは、と多少ムッとした記憶があります。

芸能人に触れられれば誰でもいいのか、と。

でも、今になってわかる気もしてきています。

それは年齢を鑑みた時のこと。

自身、もう若くないです。そうなっては異性と触れ合う機会などないでしょう。

それほどの欲もない気もしますが。

ただ、そんな人ばかりではありません。

30歳くらいなら、男盛り、ある意味思春期よりも異性に飢えている時期かもしれない。

となれば、美しい女性と触れ合えるのならばどこにでも行く可能性だってある、と。

考えすぎかもしれませんが。

 

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ともあれ、列の中で自分の位置は前に前に進んで行き、いよいよ倉庫の中に入りました。

中はがらんとしていて、左側の壁に神社の屋台のようなテントが一つ組まれているのが見えます。

列はまっすぐにそこへ向かっています。

こんな無機的な場所で憧れの人と会いたくなかった、そう思ったのを覚えています。

 

でも、仕方ありません。来たのは自分です。

握手する時のシミュレーションを頭の中で始めました。

声を掛けるかどうか。掛けるとしたらなんというか。握手は片手か両手か。

考えているうちにどんどん列は進んで行きます。

そして、やがて池脇千鶴さんが見えてきました。

やはりちょっとしたオーラがあるように見えます。

可愛く綺麗です。

その姿を見ていると、思考が止まってしまいました。

 

自分の番になると、気が利いたことなど言えず、「応援しています。頑張ってください」とだけ。

手は自然に両手で彼女の右手を包み込む形になっていました。

少しでも触れる面積を広くするための雄の本能でしょう。

「ありがとうございます」

彼女はそう言って笑顔を送ってくれました。

 

その時の手の感触、笑顔の柔らかさ、すべて忘れています。

うつ病に罹る前は前世に感じるからなのか、時がそれだけ経過してしまったからなのか。

女優の手を握りに上京する自分。

繰り返しになりますが、欲が消えた今では考えられません。

いい思い出なのかどうかも分からなくなっているという。

 

切ないと言えば、その記憶が無くなってしまったことが切ないような気もします。

 

今回何故握手会を取り上げたかというと、本当に久しぶりに人と握手したからです。

相手はと言えば、男性なのですが。

2017年10月22日に衆議院の総選挙があります。

その候補者が家の近くの駅に来ていたので、散歩のついでに立ち寄ってみたのです。

すると、とてもにこやかに笑いながら近付いてくる男性がいます。

彼もまたオーラがありました。国を背負うという矜持を持っているためか、あるいは政治家になって自己の野心を満たすためか、どちらかなのかは判別できませんが。

その両方かもしれませんし。

手は大きく、柔らかく、そして熱かった。

政治家と言えば、なかなか信用できる存在ではない気もします。

でも、熱意のこもった握手はいいものだと思った次第。

それに触発されて、昔の握手会の記憶が蘇ったまでです。

 

握手、良いものです。

出来れば女性と、出来れば若い人と、してみたい、気もします。

欲、ありますね。消えていません。