鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

放課後のビスケット

うつ病になる前、つまり前世(のように感じられる時代)の話です。

この頃よく小さな頃のことを思い出します。

死期が近いから走馬燈まがいのものをよく見ているためなのかどうか。

 

小学生の時、四年生までは放課後学習というものがありました。

どういったものかというと、その名前の通りなのですが、正規の授業六時間、低学年は五時間か四時間が終わった後、上級生のスクールバスが出るまで教室で自習するという、至って真面目なものでした。

 

五年生、六年生にこの制度が設けられていないのは、彼らの乗るスクールバスが学校から出るバスの最終便のため、居残ると家に帰れないからという、ただそれだけの理由です。

家が学校に近ければ残れたのかもしれませんが、そんなもの好きな人はいなかったように思います。

 

自分が小学四年のとある日、ある噂が教室を駆け抜けました。

「放課後学習すると、ハルセンがお菓子くれるらしいぞ」

ハルセンと言うのは、担任のあだ名です。春なんとか先生の略です、

 

子供ですから、それだけでも盛り上がります。

が、熱しやすく冷めやすいのも子供の常。

その盛り上がりを維持し、お菓子のために本当に放課後学習に参加したのは自分も含め三名ほどでした。

 

思えば自分は子供の頃から場の空気が読めない人間だったのかもしれません。

冷えていく雰囲気を感じ取れず、ぽつねんと胸の内で小さな火種を抱えていたのですから。

 

正直言って、お菓子なんてそんなに欲しくありません。

家に帰れば(多分)あるのですから。

でも、自分が居残ったのは、「みんなと一緒に食べる」お菓子が欲しかったからです。

 

放課後、窓からは丘に当たった夕日の照り返しが差し込み、壁が赤く色付いています。

そんな中、お菓子の報酬などなくても居残るがり勉タイプの生徒と、自分と同じくお菓子に釣られた生徒三人はその日に出された宿題を黙々とこなしていきました。

 

自習が三十分ほど続いた時、教室のドアがガラっと開き、ハルセンが手元に青色のカンを持って入ってくるのが視界に入りました。

(お菓子だ)

生徒同士で目くばせし合いましたが、子供ながらにプライドはあったのでしょう。

もろ手を挙げて喜ぶ生徒はいません。

 

やがて本当にハルセンが一人一人にカンの中からビスケットを二枚ずつ生徒に配りだします。

その時の笑顔、穏やかでした。

普段の授業中には見せないほどに、和やかに。

 

ビスケット、美味しかった。

そして、あの放課後の親密な空気、今でも思い出すことが出来ました。

優しい時代の優しい世界。

 

優しい未来が待ち受けていると信じていた時期。

帰ってみたい。