鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

X大学のこと4

「仕事には慣れてきた?」

ある日資格学校の事務方トップ、事務長にそう訊かれました。

「ええ……、なんとか」

 

自分が語尾を濁すように言うと、事務長は顔を曇らせました。

「何か気になることがある?」

なおも尋ねる彼に、自分は「……いえ、特には」と答えました。

 

自分がハキハキ回答できなかったのは、単純に仕事と勉強の両立が難しくなってきたため。

他に本屋でのアルバイトもしていましたし、大学三年の秋を迎え、進路についても考えなければいけない時期に来ていたというのも理由の一部です。

 

事務長は腕時計を見ると、「確か今は撮影なかったよね?」とこちらを窺い見ます。

「ええ、今は劣化してきたビデオのダビング中です」

こんな仕事もしていました。

 

「それなら、手は空いているね?」

「沖田さんからリストの照らし合わせをするよう言われていますけれど」

沖田さんとは事務長補佐をしている、さばさばした女性です。

 

「それは構わないから、ちょっと話をしよう」

というわけで、半ば強引に校舎隣のロッテリアに連れていかれました。

彼の態度にどこか切迫しているところがあるのを見て取ったからです。

 

自分が何かまずいことをしてしまったのか。

不安が頭を過りますが(「よぎり」ってこう書くのか)、思い当たる節はありません。

資格学校のアルバイトを始めてまだ一か月半くらい、緊張感を持って仕事に当たっていたはず。

 

(なんだろう?)

そう言えば、年配の上司から二人きりでファストフード店に入ったことはありません。

やや身構えつつ、事務長の驕りだというジンジャエールを持ってテーブル席に行きました。

 

「今年は冬が来るのが早いってね」

そんな時候の挨拶から会話は始まり、すぐに本題へ切り込んできました。

「何か心配なこととか、困っていることはない?」

 

特にはありません。

心配ではないけれど、気になっているのはK君の態度です。

自分や他のX大学閥ではない人に対して、X大学風を吹かせまくるのです。

 

(それか!)

当時は今よりも鋭い感性を持っていた自分は気付きました。

事務長は、K君に対して危機意識を持っている、と。

 

もしかしたら、自分以外のアルバイト職員から「K君が煩わしい」といった相談を受けていたのかもしれません。

いや、もっと事態は重篤で、K君の鼻に付く態度が嫌で辞めた職員もいたのか。

そう閃いたこちらに、事務長は決定的な一言を述べます。

 

「人間関係で困っていない?」

「いえ、今のところは……」

すぐにK君の名前を出してはいけないのを薄々感じました。簡単に人の陰口を言う人は信頼できません。

 

ですが、そう尋ねるというのはやはりこれまでもアルバイト職員間で人間関係のトラブルがあったのを窺わせました。

その対応に当たったのが事務長で、前回の時はうまく対処できなかったから、今度こそは、という気概を持っての今回の誘いかと想像ができます。

 

最悪の事態、つまりはK君が嫌で退職者が出ないよう前もって防潮堤があるのを指し示す。

そして安全な場所で相談に乗ろうという姿勢が事務長から見て取れます。

こういう人だからこそ、上に立つ立場になれるんだ、とも思いました。

 

結局ロッテリアでは、K君についての問題提起は行いませんでした。

自分はそこまで深刻に嫌だとは思っていないからです。

どこかピエロ的な要素が彼にはありましたし。

 

とはいうものの、全員が全員そう考えるのではなさそうです。

注意深く見てみると、アルバイト職員の中にも、正規職員の中にも、K君に対して幾分距離を置いている人がいるのに気付きました。

見ている人は、見ているものです。

 

というか、自分が鈍感だったのかもしれません。

他の人は全員気付いていたのかも。

肝心のX大学閥の先輩二人も、どうやらK君を苦々しく思っているらしいですし。

 

やがて、K君は自滅することになります。

それも華々しく。

後に色々な人に出会いますが、彼ほど清々しい自爆をした人は見たことがありません。次回はその話です。