鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~6

サークルの勧誘をされに外に出たものの、自分の興味がありそうなところは既に見ています。

それでも、畑見さんや桃野さんがあれだけ他のサークルとの掛け持ちを勧めるのだからと、構内を歩く新入生の群れに合流しました。

視点を変えて、興味の薄いサークルの説明も聴いてみることにしながら歩きます。

サークルに入ってから興味が出るかも、との期待を持ちつつ。

今では信じられないほどの前向きな考え方です。

隔世の感があります。まさに前世、そのように感じます。

 

茶道部や華道部も見ました。当然ながら女子が多く。というか、男子禁制な感じ。

一応は活動の内容を説明してくれますが、その先輩女性の言葉の端々から「察して」という圧力を感じます。

そこで押し切るほどの厚かましさはなく、早々に退散しました。

今ではそうそう女子だけ、ということはないように思えますが、どうなんでしょう。

ただ、そこで感じたのは「和」っていいなということ。

畳や障子、凛としながらも柔らかすぎない柔らかな空気感、それを和とするならばかなり好みでした。

ですから、女子圧力が低めな和楽器サークルの勧誘にも乗りました。

「今ちょうど先生が来て練習しているから見てみる?」と先輩男性が言ってきます。

思えば和楽器の演奏はテレビで見たことはあっても生ではなかなか見る機会がありません。

入学直後のハイテンションもあったのでしょう、普段なら遠慮してしまうのを「行きます」と答えを返していました。

 

「じゃあ、行こう。こっちこっち」

古い校舎の一室に行くと、中は畳敷きの和室。窓側にはちゃんと障子もあります。

そこで十名ほどの三味線奏者が正座して先生らしき和服を着た年増のおばさんの前に並んでいます。

女子が七名、男子が三名。少ないながら男子がいたことで安心しました。

「こちら、新入生の見学。あと任せるよ」

自分を連れてきた先輩は女子の一人にそう言うとすぐに去っていきました。勧誘に忙しいのでしょう。

「そちらへ座ってください」

冷たそうな顔をしたその女性が、冷たい声で言います。

それから先生が恐らくは普段通りの練習を開始します。

 

 

きつかった、結論を言えば。

いつ果てることなく続く練習。

いつ帰っていいかわからない自分。

興味の薄い楽器の練習風景ほど時間の経つのが遅い状況ってなかなかありません。

見学用の練習などではなく、本気の練習です。

見学者のことなど皆の頭からとっくに消えていそうです。

ただでさえ存在感の薄い自分ですから。

こうなっては先ほどここへ連れてきた先輩が、新しい新入生の見学者を連れてきた時にSOSを出して連れ出してもらうのを願うしかありません。

けれど、自分の人生においてよくあるように、願いは適いませんでした。

たっぷり90分はある練習時間に助けは来ず、先生が「今日はこのくらいにしましょう」と言ったのを潮にやっとクールビューティーの先輩が「どうでしたか?」と訊いてきました。

忘れられてはいなかったようですが、正座していた足は痺れているし、小さな部屋でビンビンと響く三味線の音が脳を揺らしてぼんやりしてしまっており、気の利いた返事が出来ません。

「はあ、難しそうです」と言うのがやっと。

「最初はそうかもしれませんが、慣れればピアノやギターよりは簡単だと思いますよ」

冷たいのは外面だけで、内面はそうでもなさそう。

が、いかんせん、元々興味が薄いところに、いつ果てるともなく続く練習に楽器もなくただ見学者として参加させられたことで、さらに興味は小さくなっています。

 

そして、そのタイミングを待っていたんじゃないかと言うくらいの間で、勧誘者の先輩が一人でやって来ました。

「ダメだ、誘ってもなかなか来ないよ。君はどうだった?詳しく説明するから、隣の部屋行こうか」

やっと来た助けに縋り、彼の後にひょこひょことついていきました。

足が痺れてまともに歩けないのです。

「ちょっと興味がないかも」的なことを遠回しに言うと、彼は残念そうな顔をしながら、「掛け持ちでもいいんだけどなぁ」と言います。

「他にどこか目ぼしい部活とか見付けてるの?」

そう訊かれ、曖昧な返事をするとまた練習見学のような目に遭いそうなので「ええ、教員サークルに入ろうかと」と答えました。

「掛け持ち可能らしいですが」

一応、「他のサークルに入るのに何でうちに来たんだよ」と言われないための言い訳も入れておきます。

「教員サークル、ああ、桃野が作るとか言ってたやつか。本当に作ったんだな」

「桃野さん、ご存じなんですか?」

「国文科の三年で桃野を知らない奴はいないよ」

どことなく含みのある口調でその先輩は言いました。

「有名なんですね」

「まあ、そうだね。傑出してるからね、色々と。ん?桃野を気にするってことは君も国文?」

別に気にした覚えはありませんが、「そうです。国文科です」と言うと、「じゃあ、時間割組んであげるよ」との申し出。

やはり先輩が後輩の時間割を組むというのは一般的な伝統のようです。今では分かりませんが、少なくとも当時はそうみたいでした。

 

和楽器サークルへは入らない?」

そう訊かれて、「うーん」と返事を誤魔化している間に、その先輩は時間割を組んでいきます。

「まあ、即答しなくていいからさ。考えてみてよ」

人当たりの好い方です。短髪ですらっと背も高く、服の趣味も品よく落ち着いている。桃野さんの服と言えば、原色のスカジャンに何かのマスコットキャラが大きく描かれたTシャツ、洗い古したジーンズと個性的なものだったので、余計目の前にいる先輩が上品に見えます。

「この日は、この授業、いや、こっちか」

桃野さんより苦戦気味です。

 

後に知ることになるのですが、桃野さんは確かに傑出していました。

いい意味でも悪い意味でも。

ただ、この日の場合の傑出はいい方向に出ています。

桃野さんが作った時間割と和楽器サークルの先輩が作った時間割とでは、その効率性において、桃野さんの方が遥かに上だったのです。