軌跡~ある教員サークルの興亡~13
活動は、毎週火曜日の四時頃から始めることになっていました。
どうやら火曜は全校的に午後の授業が少なめとなっているらしく、サークルメンバー全員が三時間目と四時間目が空いていたためです。
集合場所は中央棟のロビー。
そこに並ぶテーブルに集まるよう言われていました。
時々他の学生が使用していて、座れないこともあります。
部室を持てない哀しみがこんなところに表れていました。
ともあれそこでいったん集合してから、どこかの空き教室を見付け模擬授業を行うといった流れです。
一度、同じ空き教室を利用しようとしていた別のサークルと鉢合わせしたことがあります。
以前も書きましたが、改めて経緯を記します。
その日の教師役は久慈さん。
一年生史学科の米野さんが惚れ切っている二年の先輩です。
彼が模擬授業で使うプリントを配り終えた時に、いきなり教室のドアが開き、五、六人が入り口付近まで入って来ました。
先頭の小太りな眼鏡の男性は、自分がサークルの勧誘期間にとても丁寧に対応してくれた落語研究会の会長です。
その彼が今、丁寧さの欠片もない声で「ここ、使用許可取った?取ってないよね?俺らが取ったんだから」と述べ立てました。
わざとらしく一度教室から出て、ドアの上にある教室番号のプレートを仰ぎ見、「勝手に使われると迷惑なんだけどな」とのぼやきも入れます。
「ここ、俺らが使うことになってるんだけど」と、こちらのメンバーを順に睨んで来ました。
その時教員サークルの三年生は本須賀さんだけで、彼は「あぁ、そうなの?」とゆっくりとした口調で言いましたが目が泳いでいます。
いつもの気取った態度が剥がれ落ち、気弱な側面が透けて見え始めています。
「許可?そんなの要るんですか?」
舌鋒鋭く言ったのは久慈さん。相手は四年生で、彼より二学年上なのに臆したところがありません。
常日頃からやぶにらみで感情が読みにくい目が、今は一層鋭くなっています。
口調も、ただでさえ刺々しいのに、その「しい」の部分が省かれて、単なる「棘」になっています。
「早い者勝ちでは、こちらが勝者なんですがね」
慇懃無礼の模範演技といった体裁で抗弁する久慈さん。
「教室使用許可がいるんだよ」
落研の部長の声に含まれる怒気の度合いが高まっています。
「見せてください、その許可証」
「あー、いい、いい。うちが許可取っていないんだから他に移るよ」
下級生に事態の解決をされたのでは敵わないといった体で、ようやく自分のペースを取り戻した本須賀さんが割って入りました。
「なっ、そうしよう。なっ、なっ」
彼は教卓に陣取り、場のリーダーシップを掌握しつつある久慈さんを見ないよう、教室のあちらこちらに座った教員サークルメンバーに声を掛けました。
こちらとしては久慈さんの小気味良い口上をもっと聴いていたかった一方で、これ以上のもめ事は学校生活を難しくさせるだろうとの予感から荷物をまとめ始めました。他のメンバーも同様です。
同じタイミングで、落研の会員も教室の奥へ入り始め、奇妙な静けさの中で人員の交代が完了しました。
あちらにしても、正当な権利がないのになお居座って反論した久慈さんを不気味に思ったのかもしれません。
相手が四年生でもまったく引かずに筋を通そうとした久慈さんは格好良く思えました。米野さんがメロメロになる理由の一端がわかった気がします。
どう見ても今回の件は無理筋でしたが。