鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~37

 

言ってしまったものは仕方ありません。

「高校生対象の授業で、国語の教科書を皆で同時に音読するのは少し子供っぽいかと思いまして……」

「幼稚」と言った部分をいくらかマイルドにして指摘しました。

少なくとも自分の通った学校で、合唱のように教科書を皆で声を合わせて読んだのは、小学校が最後です。

だからあながち根拠なく批判したのではなかったのですが。

 

「私の母校はそうしていました」

染谷さんが静かに言います。

落ち着いた声だったので、怒っているかは読み取れず。

そして、こんな時に限って頭がよく回るものです。

染谷さんの母校は、大学の付属高校であり、当時から同級生であった米野さんもその出身。

更に言えば、やはり付属高校から上がって来た桃野さんの母校でもあります。

サークルの部長か会長か、呼び方はよくわかりませんが、そのトップと、自分の同級生二人の高校の授業を貶める発言をし、さすがにまずい状況だと思い至ってしまったのです。

 

 

「まぁ、音読は文章を頭に入れるには一番効率がいいっていう実験結果もあるし」

と、こんな時でも自分の知識を披露したがる本須賀さん。

フォローのタイミングで追い打ちをかけて来ます。

多分その自覚はありません。知ってることを言いたかっただけしょう。

「授業のやり方は一つじゃないから」

畑野さんが、やっと沈没寸前の自分に救い舟を送り出しました。

が、次の一言でそれも轟沈します。

「うちの学校でもみんなで一緒に音読してたけど」

 

自分の学校が特殊だったのか。

他の人の話を聞いていないので、未だに本当のところは分かりません。

もし違うならば本須賀さんも、「うちは生徒全員で音読させることはなかったな」くらいは言いそうなものです。

すかしていますが、困っている後輩を見捨てる先輩ではありませんでしたから。

だから、一斉音読は指導要綱にでも書いてあったのかもしれません。

中高一貫教育で、家庭科や保険の授業の代わりに主要科目の英数国理社を行ったうちの学校は、どこかおかしいと思っていましたが、やっぱり独自のスタイルを確立していた可能性があります。