軌跡~ある教員サークルの興亡~122
ですが、酔っ払った桃野さんは、公園で遊んでいる時にふと触った木から滲み出ていた樹液のように粘りがあり、しつこくべた付いてきます。
その粘着性は、今度は染谷さんに向かいました。
「染谷はどうなんだ?河合にじっとり見られてるんだぞ。いつもな」
話が誇張されています。
「どうって、そんなに見られていると感じたことありませんから。むしろ見られないよりはいいとも思えますよ」
女神です。
いや、大和撫子ですから、天女と言うべきでしょうか。
桃野さんの問いをあっさり受け流します。
「じゃあいいよ。もしも、河合が染谷を好きだって言ったら付き合うか?」
パワハラとセクハラの合わせ技です。
染谷さんが困った顔をしているので、「桃野さん、やめましょうよ」と諫めますが、聞いちゃいません。
「こいつが付き合ってくださいって手を差し出したら、前みたいに手を握り返すか?」
(ああ、この人、自分と染谷さんが手を繋いだのを根に持ってるんだ)
何か月も前のことなのに、そのしつこさにほとほと呆れます。
「前みたいに?」
染谷さんはとぼけているのでなく、本気で忘れていそうな口ぶりです。
それくらい彼女にとっては何でもないことだったのでしょう。
こちらは一瞬でもときめいたので寂しさはありますが、嫌な思い出として記憶されているよりはずっとマシです。
「うーん、どうでしょう。河合君がチューター、でしたっけ?塾の職員さんに片思いをしている限りは恋愛対象としては見られないです」
丁寧に説明する染谷さんに、「その片思いをしていなかったらどうだ?」と食い下がる桃野さん。
「桃野、もうやめとけよ」
横から冷えた声が割り込んで来ました。
本須賀さんが、いい加減執着が過ぎるとの警告を発したのです。
「ん……。ああ……」
それで、そのまま続けていればお気に入りの染谷さんに自信が嫌われると気付いたのか、桃野さんはやっと浮き気味だった腰を座布団に落ち着けました。
でも、遅かったのです。その警告は。