軌跡~ある教員サークルの興亡~69
「お台場?!いいなぁ~、私たちも行きたいね!」
母性が感じられた雰囲気から一転、片瀬さんは甘えん坊の少女になったかのような口調で言いました。
確かに人格が変わっている。
「まあ、おいおいな」
土屋君の顔が少し曇りました。
彼も独特な人間関係の築き方をしており、そうなるまでには大きなきっかけがあったか、多大な積み重ねがあったのでしょう。
何かしら背負うものがあるようです。
「ふーん、米野さんとくっつけるか。でも俺が言いたいのは、面倒を見てくれるとかの話じゃないぞ。畑野さんが男としてお前を気に入っているように見えるんだ」
「男として?」
鈍感な自分でも、土屋君の言いたいことはわかります。
けれど実感がありません。
第一、畑野さんは本須賀さんと付き合っているのですから。
そう口にすると、彼は「そうなのか?当事者だから気付いているかと思ったんだけどな」と意外そうに言いました。
「そして、本須賀さんは米野さんを狙っている」
と言ったのは片瀬さんです。
「え?」
人間、驚くと本当に動作が止まるものです。
カシスソーダのグラスも持っていた手が、口元まで数センチのところで固まりました。
「マジです?」
美しい日本語を話すよう心掛けていても、不意の驚きに、つい若者言葉が口をついて出てしまいます。
「マジです」
片瀬さんがこちらの口真似で、くぐもった声で言いました。
「河合君が軽い言葉を言うと面白いね」
隣で「ハッハッハ」と笑う土屋君。
馬鹿にした感じはありません。
親しみのある、同等の者に見せる笑みです。