軌跡~ある教員サークルの興亡~62
空気を全く読めない、それか、読み過ぎる、また、間違って読むのが得意な自分でも、進んで今醸成されている落ち着いたムードを壊そうとは考えません。
全然足りないながら、そろそろお腹がいっぱいになったとの演技に切り替え、タルトを少しずつ削って口にしました。
絶対に残すつもりはありません。
それは自分の信条に反します。
「ところで、米野さん」
何やら改まった口調で畑野さんが仕切り直しました。
「久慈君と別れて、これからどうするの?」
「どうと言われましても、今は別に何も考えていないですけど……」
米野さんはミルフィーユの皿にフォークを置いて答えました。
「でも、米野は恋が無いと生きていけないタイプだろ?」
自分なら恥ずかしくて言えないセリフを、本須賀さんは素面で口にします。
あるいは、前回の飲みの席で、アルコールに紛れて曖昧になってしまった、米野さんの次の男をどうするかについて、理性を持って真剣に考えようとの気構えがそうさせたのか。
変な男についていかないための、先輩としての優しさと義務感からです。
「そんなこと、あるかな……」
自信がなさそうにミルフィーユの層を崩す米野さん。
「あるでしょう」
ちょうどタルトを食べ終わったところだったので、一人だけ黙っているのも悪いかと思い、そう素直な感想を述べました。
「ちょっと……」
畑野さんが途中まで言って、おかしそうに吹き出しました。
「河合君、絶対私に偏見持ってるよね?」
米野さんも睨んできましたが、でも目は笑っています。
「いや、そんなことないと思います。あるがままの米野さんを見ているつもりです」
「それが一番怖いな」
と本須賀さん。彼だけが大真面目な顔です。
「怖いって……?」
「ある人の一側面を見て、それが全体だと思ってしまうこと」
「そう、ですね」
返事をしながらも、「そうだろうか」とは思いました。
今は、米野さんの恋愛観に限った話だったはず。
自分は何も、米野さんの全体像に言及したつもりは微塵もありません。
ですが、やはり反論して空気を悪くするのは避けたくて、表面上は彼の言説を受け入れました。
自分の言い方、ニュアンスが悪かったせいでもあるかと考えたりもしましたし。
「うん、素直でよろしい」
と、本須賀さんが調子に乗りますが、別段被害は無いので放っておきます。