軌跡~ある教員サークルの興亡~59
「じゃあ、大丈夫だ。モト君が甘いもの苦手だから、ケーキバイキング行きたくても一緒に行ってくれなかったんだ」
それでなのか、と思いました。
畑野さんの付き添い役として、自分や米野さんが選ばれたのでしょう。
もちろん、それがこのドライブの目的のすべてではないだろうけれど、一つの大きなカギではあったはずです。
どうして誘われたのかがわからず、何か裏があるのでは?と疑心暗鬼になっていた部分に光が当てられました。
これによって、その気持ちの一部が氷解し、幾分リラックスできたと思います。
夕食はまず軽く取り、それからケーキバイキングへ行こう、という流れになりました。
最初に入った店は、ビュッフェ形式のイタリアンで、何種類ものパスタやピザ、サラダにラザニアやティラミス、何で出来ているかわからない一品料理が大皿に載せられています。
骨付き肉やカキ、塊のままの生ハムも無造作に置かれており、どう見積もっても安くはなさそう。
東京の都心近くの店だったと思いますが、周囲には緑が多く、でもどこか人工的でいかにも都会のオアシスを間に合わせで作りました、といった様相。
その雰囲気の中に、お金をかけた感じがふんだんに漂っています。
街路樹が整然と並ぶ歩道沿いにある店で、入る前に譜面台のようなものが置いてあるのを目にした記憶があります。
そこに載っていたボードに値段は書いてあったのでしょうが、前にも何度か来たことがあるらしい本須賀、畑野コンビはそれに注意を払わず、するっと通過しました。
米野さんもそれに続き、自分だけがボードを熟読するのも気恥ずかしかったため、素通りしてきたのです。
店内にだって価格表くらいあるだろうとの油断です。
でも、無い。
料理を食べつつ、店内を見回してもメニュー表らしきものもありません。
目にできるのは、たっぷりもったりとしたカーテンや、アンティーク調の西洋陶器に威勢よく活けられた色とりどりの花、磨き抜かれた銀食器に、いわくありげな文様の入った大皿。
注意して周りの人を見れば、カジュアルでありながら、実はバッチリめかしこんでいるのがシャツの照りや装身具のきらめきから窺えます。
高級感を具現化した世界。
安いわけがなさそうです。
値段がわからないままに、食べ放題の店にいるというのも、結構な恐怖です。
ゆったり料理を味わう気分にはなれませんでした。