鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~139

 

「河合は他に友達がいないから、誰かに漏らすってこともないしな」

(ああ、それでか)と深く納得します。

片瀬さんが、自身の心の病気を誰かれ構わず知らせたいと思うはずがありません。

知られていいとしたら、人形やぬいぐるみのように話を聞くだけの相手が適任です。

自分だって無口さにかけてはそれらと似たようなものだから、よくわかります。

「それで、片瀬さんは今どういう状態なの?」

得心が行ったところで、そう話を進めます。

「香奈な、さっきも言ったように、自分を責めてる。教授を責めもする。あと俺もな。でも、そうやって外部に攻撃性が向けられている時はまだいいんだよ。

一番怖いのは、自分で自身を責めるっていう奴だ。それぞれで人格が変わってるんだろうけど、自殺しようと薬を大量摂取する奴がいるらしい。持っていた睡眠薬とか精神安定剤とかをウイスキーで飲み下したところで、基本の性格に戻ってギリギリ救急車を呼べたって言ってたな。

気付いたら病院だったって。それが昨日の昼の話だ。今も病院にいるけど、実家の青森から母親が様子を見に飛んできたんだ。今日の昼にケータイに電話が入って、そういった事情を話してくれたよ」

そんな壮絶な話を聞かされて、返事に詰まります。

 

 

「大丈夫だったの……?薬をそんなに飲んで」

やっと思い付いた平凡な質問を投げ掛けました。

「ああ、胃洗浄したから平気みたいだ」

その時は、胃洗浄とは手術でお腹を切って胃を直に洗うのだと思いましたが違います。

人工的に吐かせることらしいですが、活性炭や下剤を使うので意識がある状態だとものすごく苦しいとのこと。

それも土屋君を通して、後に片瀬さんから聞きました。

「そっか……」

手術のイメージが離れない自分は、事態の大変さにまたもやうまく言葉を返せません。

 

「香奈の精神状態をお前に話すのに、あいつの了解を取ったって言っただろ?」

急に話が戻ったので、それには「うん」と反応できます。

「正確には違ってて、香奈が河合に話してみてって勧めたんだ。あいつの方から先にな。それで俺が、『いいのか?』って念押ししたのが実情だ」

その文脈なら、念押しは了解を取るのとほぼ同義と受け取られます。

土屋君が事実を曲げて言ったのではありません。

わからないのは、片瀬さんの方から土屋君にそう話すよう持ち掛けたことです。

「なんでだろう?」

まったくもって彼女がこちらの名前を出す理由が謎なので、そう口にしました。

「うん、俺もなんでか知りたい」

ここは笑うところかな、と土屋君の顔を見ましたが、彼の表情は大真面目なので緩めかけた口元を引き締めます。

「でも、こうやって話してみて、わかった気がした。俺が一人で背負ってたものを、河合も半分とは言わないけど、何割かは一緒に持ってくれてる気がしてさ。負担じゃないか?」

一度頭の中で土屋君の言葉を一周させて気持ちを確かめます。

「負担ではないよ」

「そっか。ありがとな。それを狙って香奈が言ったのかもしれん。お前に伝えてみろってな。河合の不器用さとか、孤独さとか、くそ真面目さは見ていて心が安らぐからな。俺がお前と友達になりたいって思ったのと同じ感情を、香奈も持ったのかもな」

反応に迷う言葉です。

褒められている気もしますが、それ以上に貶されている気もします。

「それは下には下がいるという安心感?」

思い付いたことを言ってみました。

「うーん……」

すぐには否定しないところに、土屋君の本音と正直さが感じられます。