鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~144 終

 

教員サークルに所属していた一年生で、土屋君や片瀬さん以外に大学卒業後の動向が唯一わかっていたのは、意外にも保科君でした。

彼とは自分が一年迷走した挙句に大学院へ進んだ時に、学内で出会いました。

書き忘れていましたが、軍事オタクと共に彼の特徴と言えば、一年を通じてカーキ色のジャケットに、それと同色のズボンを着用していたことです。

真夏でも真冬でも同じだった気がします。

彼の周りだけ季節が素通りしていくのか、同じ格好をしているにもかかわらず、暑そうにも寒そうにもしていなかったのが記憶に残っています。

だから久しぶりにも関わらず、すぐに彼だと気が付いたのです。

 

保科君もまた史学科の大学院へ行っていて、自分と土屋君がルノワールで話した時に彼は博士課程にまで進んでいました。

そう伝えると、「まあ、どうでもいいな」との土屋君からの返事。

その通りでしょう。

土屋君は嫌いから入る性格です。

オタクな保科君への好感度が好きの方に振れるきっかけもなかっただろうから。

 

「お前はこれからどうするんだ?」

保科君の話が終わり、サークルメンバーのその後が一通り判明したところで、そう訊かれました。

自分は修士課程の二年になっており、どうするかを決めなければいけない時期になっていました。

「多分図書館司書になるよ」

夏休みに司書講習を受け、司書資格を取ったばかりでした。

「そうか。河合には図書館が合ってるかもな。お前が普通の会社でサラリーマンしているところは想像できんしな」

それは自分も思いました。

就職活動はしたものの、どの会社からも色よい返事をもらえずに絶望していた時でもありましたから。

 

その日の別れ際、土屋君がハチ公を背景に言いました。

「家が近くなったから、またすぐ会えるだろうけど……。お前、死ぬなよ」

言われた時はびっくりしました。

何故この時にこんなことをいうのかと。

そう忠告されるほどに、自分は社会に不適合だったようです。

土屋君も伊達に社会人を三年間していません。

こちらの性格や行状を知っており、社会で通用しない人間だとお見通しだったのでしょう。

それは、やがて死の瀬戸際まで行ったうつ病の自分への予言になっていたのだと気付きました。

彼の言葉が此岸に留まらせたかというと、そこまでの力はなかったかと思います。

とはいえ、どうしても普通に生きられず、精神を病み、死にかけたのですから、土屋君の目は確かでありました。

 

社会に出て、うつ病となり、誰とも連絡を取れなくなりました。

身近だった普通の人が普通に生きているのを知ることすら、こちらへの多大な重圧となるためです。

本須賀夫妻から何年か年賀状が来ましたが、その度に写真にある幸せそうな四人家族の肖像を見るのが苦痛で返事を出さなくなると、やがてそれも途切れました。

土屋君からも、結婚式の招待状やメールや電話が掛かって来ましたが、すべてに対応出来ませんでした。

被害者意識か自虐意識かが強く出ていて、うつ病の自分への嫌がらせに思えてしまったのです。

 

その後何年か経って、本当につい最近、こちらの精神状態も最下位層で落ち着いてきたので、謝罪も兼ねてメールを入れてみると、今度は彼の方が死にそうになっていました。

こちらは精神的、彼は肉体的にとの違いはありますが。

何度かメールのやり取りをして漠然とながら分かったのは、症状はかなり重く、普通の生活はかなり難しいということ。

症状は体に出ていますが、遠因は精神的なストレスだと考えられるそう。

小さいサークルの、小さい世界でまともだと言い合っていた自分たちが、社会に出てみるとまともでなくなっていくのは何の皮肉でしょう。

変態だったり、おかしいと思っていた本須賀夫妻や桃野さんたちが余程うまくこの社会に適合している気がします。

それを考え合わせると、この世は少し歯車が狂っていた方が生きやすいのかもしれません。

といっても、それはやはりおかしな自分からの意見。

何が正しくて、何が狂っているのか、死ぬ間際まで白黒付けられそうにありません。

 

教員サークル時代を振り返りつつ自身の学生生活を見て来ましたが、決定的に選択を間違った地点はなかったと思えます。

それならば、今の自分がおかしくなったのは大学時代でないその前か、はたまたその後かです。

それを探る心の旅はまだ続けなければいけなさそう。

とのことで、まずは、教員サークルの興亡の軌跡はここまでにします。

 

蛇足になりますが、久々に連絡を取った土屋君の情報によると、片瀬さんはもう一度結婚と離婚を繰り返し、今は中央線沿線の飲み屋のママになっているとのこと。

「香奈も苦労しているみたいだ」

土屋君はそう書いていました。

彼女もまた、現実社会ではまともではない組のメンバーのようです。

 

長い一人語りに付き合って頂き、ありがとうございました。