おにぎりの毎日(中編)
大学の図書館を辞めた後、次に就いたのはかなり大きな公立の図書館でした。
そこは何百人単位で就業者がおり、自分は非正規職員として働くことになりました。
昼休みは、非正規職員のためのスペースが割り当てられていたので、そこでやはりおにぎりを食べていました。
数日経つうちに、どうも周りの人の目が気になって来ます。
昔からいじめられてきたため、他者の視線には敏感過ぎるくらい敏感だったので、気のせいかとも思ったのですが、それまでのものとは違い、悪意が感じられませんでした。
だから、それとなく周囲の人の顔色を窺い、自分がおかしな目で見られている原因を探ろうとしました。
どうやらそれは、自分の手元にあるおにぎりに向けられているようです。
同僚の手には、コンビニで買ったサンドイッチやパン、ペットボトルのお茶があります。
翻って自分はサランラップで包まれた自作のおにぎりと水筒のお茶。
そう、お茶すらもケチって家から持って行っていたのです。
でも、飲み物くらいではケチではない、と今でも思いたい。
「この人、全部自分で作って持ってきてるんだ」という対処に困る眼差しです。
大学図書館に勤めていた時は、上司という上の立場の人から見られるだけでした。
同僚はいましたけれど、日勤帯と夜勤帯とでは休憩時間が異なるため、自分がおにぎりを食べているのは上司くらいしか知らなかったのです。
それが、新しい図書館に移ってからは、同じ年頃、同じ立場の人が周りにいるよう環境が変化しました。
当然視線も若いものになります。
その照射の中で、おにぎりというのは異質だったらしいよう。
薄々そう気付き始めました。
働き始めてから一年位かけて。
遅いんです、気付くのが。
でも、気付いてからは、買いたくもないパンを買ったり、食べたくもないコンビニおにぎりを持っていくようになりました。
そうすると、周囲の視線は和らいだものになった気がします。
次第に打ち解け、会話もするようになりました。
普通の人同士が行う普通の会話。
時々、家に帰って思い返してみると、ふふっと笑えるような話題も出たりしました。
ですが、我々は非正規職員。
一年の雇用契約しか結んでいません。
次の年も更新されるかは図書館側の事情によります。
今思えば信じられないことですが、当時の自分は案外仕事が出来たようで次年度も再雇用という形になりました。
自然、再雇用された人と、されなかった人とは目に見えない壁が出来てしまったように感じます。
話していても、話題にしないテーマが出来ます。仕事について、職場については禁忌となりました。
やがて時は移り、職場も同じ階の同じ部屋ながら、課が変わります。
そこで自分とおにぎりは宿命的に結びつくことになってしまったのです。