鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~2

彼女は左手に持っていた紙の束から一枚を抜き出し、こちらに差し出しました。

書かれているのは「教員サークルポップ」というサークル名と「教職を目指す仲間が集う会です」との説明。あとは黒板を前に授業を行っている仔豚のイラストです。

「教職……」

漠然と文学研究をしたくて文学部に入った自分です。

将来の仕事のことなんて何も考えていませんでした。

 

「そう、教職。学校の先生になるための情報をみんなで集めて話し合おうっていう会」

「学校の先生……」

アホの子のように言われたことを繰り返す自分です。

さすがにそれはまずいと思って、「まだ教職に就くかどうかなんて考えていないのですが……」と言いました。

「でも、文学部でしょ?教職免許は取っておいた方がいいよ」

そのように素性を当てられ、びっくりしました。

「どうして文学部だってわかるんですか?」

「顔を見ればわかるよ」

はっとして顔に手をやると、彼女は「あはは」と明るく笑いました。

それで思わず相手の顔を見てしまいました。

そう、その時までろくに話相手の顔を見ていなかったのです。

 

厚い眼鏡のガラスの奥には人の好さそうな丸い目が、今は細められ笑みを湛えています。

「ごめんごめん、嘘。なんでわかったのかというと、この時間に新入生の格好をして歩いているのは文学部か経済学部の人だから。理学部の人は今が入学式の時間だし」

単純な話だったのです。

うちの学校は学部ごとに入学式の時間をずらして行っていたため、彼女はこちらが文学部か経済学部かのどちらかだと判断し、とりあえず文学部だと言ってみたのだそう。

「なんとなく、本が好きそうな雰囲気がしたからね」

 

ありえない。

心の中は暴風雨です。

自分が他の人と、それも異性と普通の人のように会話をしているなんて、ありえない。

我ながらびっくりです。

びっくりしてばかりいます。

 

でも、不快ではない。

「話を、聞いてみたいです」

驚きで背を押されたのか、そう口が動いていました。

「どんなサークルなのか、詳しく……」

もごもごと言う自分に、彼女は「本当?嬉しい」と本当に嬉しそうな表情を浮かべます。

頭の中で幸福ホルモンであるドーパミンがスパークしているのを感じました。

女性を笑顔にさせるのがこんなに嬉しいなんて。

何でもしてあげたくなります。

壺とか買いそうな勢いです。

 

でも彼女はそこで初心な男に付け込むようなことはしませんでした。

「ただ、最初に言っておかなきゃいけないんだけど、うちのサークルはまだ出来たばっかりで学校から正式なサークルとしては認められていないのね。それで、部室もないし。だから、他のサークルとの掛け持ちを積極的にお勧めするよ。部室があったサークルに入っていた方が何かと便利だし」

そう内情を暴露しました。

それでまた好感度アップです。

こちらがサークルに入ると言ってから「実は正式なサークルじゃないの」と打ち明けてもよかったはずなのに、そうせずに持っているカードを全部最初からこちらに開いて見せたのですから。

 

(何があっても絶対ここに入ろう)

そう決意していました。