軌跡~ある教員サークルの興亡~25
どうやら白山さんは急ぎで仕上げなければいけない仕事があるため、カウンターにいる自分の方へすぐに来られないように見えます。
それか、そう見せたかです。
少なくとも、自分の来訪を手放しで喜んでいるとは思えません。
やっとやって来た白山さんはマスクをしていて、一目で風邪だと見える様子でした。
目は充血し、声はかれています。話の中で時々小さな咳が入りました。
それに、大学一年、二年の時の対話と異なり、白山さんは言葉少なです。
わかってはいましたが、念のために「風邪ですか?」と尋ねると、「うん、この時期には絶対生徒に移しちゃいけないから大変で」と答えます。
だから自分との対面を渋ったのかもしれないと思い、多少救われる部分もありました。
ちらちらと顔を窺うと、確かに熱があるような赤みが顔色に出ています。
十二月の半ば、センター試験に本試験を控え、受験生にとっての正念場といえる時期です。
それに年末に向けて終わらせなければいけない仕事もあるだろうし、かなりタイミングの悪い時に行ってしまったものです。
さすがに立っているのも少しつらそうな白山さんの前で長居は憚られました。
だから、とりあえずの用だけ済ますことにします。
いつも通りお守りを渡すと、彼女は「ありがとう」とお礼を口にしたものの、笑いかけてはくれませんでした。
その時、何を思ったのか自分はこう発言していました。
「よかったら、お茶でも飲みに行きませんか」と。
とち狂っている。
自分でも思いました。
あまりに陳腐で、しかもタイミングがタイミングです。
承諾を得られるはずがありません。
実際白山さんも絶句した後、「忙しくて無理だよ」と断りました。
予想通りの返答なので失望もありません。
それなのに、なぜ敢えてその時誘いの文句を口にしたのか。
自分の腹黒さの一端が、ここに垣間見えます。