軌跡~ある教員サークルの興亡~47
「おいおいおい、そこまで喋って先を言わないのは酒が足りてないからじゃないか?」
と桃野さん。
こういう時の、強引さが必要な場面では頼りになります。
彼は、誰かがまとめて注文した時に余っていたカルピスサワーを米野さんの前に置くと、「いいか、米野の意思が喋るんじゃない。酒が喋らせるんだ。そう思えば口も軽くなるだろ。だから飲め」と迫ります。
論理も何もあったもんじゃありませんが、彼は酒席での押しが強く、反対に米野さんは押しに弱い性格です。
グラスを手に持つと、三分の一くらいを一口で減らしました。
元々喋りたくて話し始めたのですから、抵抗は微々たるものです。
「あのですね、見てしまったんです。禁断のノートを」
人のプライバシーを、なんて無粋なことを言う人はいません。
みんな久慈さんの鉄面皮の下の素顔を見てみたいのです。
「小説だったんですけどね。内容がもう、ゾワゾワっていう感じで」
米野さんは擬音通りに、自分の体を両腕で抱いて寒気がしている仕草をします。
「もう一ページ目から、とろけるようなラブストーリーなんです」
サークルのメンバーから声にならない呻きが出ます。
「桜の木の下で、小指を絡めて約束したよね。僕たちは、あの時に永遠を感じたんだ、とか……」
「待て」
桃野さんが堪らずストップをかけます。
「そこまでにしておこう」
そこまででも、もう十二分に久慈さんの面子はズタボロでしたが、確かにそれ以上は聞いてはいけない気がします。
「見る目が変わっちゃいそうだよ」
畑野さんが言うと、本須賀さんも「うんうん」と隣で肯きます。
「もう変わりました」
自分が本音を言うと、一瞬場が静かになった後、笑いが起きました。
またもや、こちらの言い分を冗談だと受け取られたようです。
「河合君、美味しいところを持っていくよね」と二年の本条さん。
「結構はっきり言うことを言うよね」とこちらは染谷さん。
国語の模擬授業を「幼稚」だと言ったのを根に持っての発言かもしれません。