軌跡~ある教員サークルの興亡~46
「それに」
米野さんは一段階声のボリュームを上げました。
「この間久慈さんとレストランに行った時、あの人がいつも持っている鞄とは別に書類ケースを持ってきていたんですけど、それを店に忘れて出てしまったことがあったんです。半透明のプラスチックの箱に取っ手が付いたもの。
駅前で別れた後で、お店の人がわざわざ追って持って来てくれたんです。
受け取ったのは私で、久慈さんとは駅前で分かれていたんですね。
私と久慈さんは使う路線が違うから、改札から入れずにいて、どうしようと迷ったんですけど、入場券を買えばいいと思い付いた時にはもう久慈さんの乗る電車が出ちゃったっぽい音がしてました。
だから次に会うまで私が持っていればいいと思ったんです」
話がきな臭くなってきました。
サークルのメンバー皆が、コップやグラスを持つ手を止め、次の展開を待ちます。
「電車に乗っているから、電話はまずいと思って、メールで書類ケースのことを伝えたんですね。でも、すぐには返事が来なくて。
いつものことだから、私も家に向かう電車に乗ったんです。
それから三駅か四駅を通過したところで、折り返しのメールが来ました。
すぐに戻ってケースを受け取る、ってありました。
でも、その頃にはもう家に近くなっていたから、時間はさっきも言った通りそんなに遅くなっていなかったんですけど、わざわざ電車を降りて、乗り換えをして合流するのも面倒になっちゃって。
思えば、その頃には久慈さんのことをそんなに好きでなくなっていたのかもしれません。
好きだったら、会いたいと言われればすぐに会いに行きますもんね。
だから、『私がしっかり保存しておきますから大丈夫です』と返事のメールを打って、会うのは翌日にしてもらいました。
それで、その書類ケースなんですが、気になりますよね。
好きな人がどんなものを所持しているかって」
好きでなくなった、好きな人、と米野さんの主張がグラグラ揺れますが、話が佳境に入った今、そこに突っ込みを入れる人はいません。
「外から見える部分には、講義で使う資料とか、ゼミで配られたレジュメとかが入っていたんです。
だから中身も全部そうなのかなって、つまらないなぁって思いつつ開いて見てみたら……。これ、言っちゃダメかも」
いいところで焦らします。