軌跡~ある教員サークルの興亡~79
その時、部屋の隅で影が動くのが視界に入りました。
何かと思い、そちらへ目を向けると、土屋君がふらつきながら部屋を出ようとしているのが見えます。
足元が左右によろめく千鳥足。
見るからに危なげです。
酔い潰れた状態から少し回復し、トイレにでも行くのでしょう。
桃野さんのちょうど真後ろなので、Mさんへの追及に熱心な彼は気付いていません。
片瀬さんが土屋君の横に立って体を支えようとしますが、小柄な彼女には荷が重そうです。
そうなると放ってはおけません。
自分は立ち上がり、襖を開けた土屋君の下へ行きました。
桃野さんが何か言った気がしますが耳に入りません。入れません。
「大丈夫?」
土屋君の意識はほとんどなさそうなので、片瀬さんに尋ねました。
「大丈夫じゃないよ。飲ませ過ぎたの、あの人が」
廊下に出たところで、彼女は襖越しに桃野さんを指差しました。
声にははっきりと敵意が表れています。
それも、今日のその時に持った感情とは思えません。
嫌悪の深さに年季が感じられます。
どうやら片瀬さんも自分と同じく、桃野さんを以前から苦手としてきたらしいのです。
「トイレに行くの?付き添うよ」
そう言うと、片瀬さんは「ありがとう。本当に助かるよ」と笑顔になりました。
今にも倒れそうな土屋君の右腕を取り、肩を貸します。
「おー、河合か。すまんなぁ」
意外にも彼はすぐにこちらを認識し、体重を預けて来ます。
廊下の突き当りまで行き、男性用トイレの前まで来ると、後ろを歩いていた片瀬さんが「私は入れないから任せていい?」と訊いてきました。
「いいよ。吐かせればいいのかな」
泥酔者の介抱は初めてだったので、どうすればいいかわからずに尋ねたのですが、片瀬さんもその知識は無いらしく首を傾げました。