鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~80

 

「水を、飲む」

迷っていると、土屋君がトイレの引き戸を開けながら宣言しました。

酔っている彼が、実は一番判断力があります。

「わかった」

土屋君に返事をしてから、片瀬さんの方へ顔を向けて、「任せて」と言ってトイレに入りました。

扉は自動的に閉まる仕組みです。

 

判断力はあっても、思考力が一時的に喪失している土屋君は、大きめの洗面台に頭を突っ込むと、いきなり蛇口を開いて水を浴び始めました。

「ちょ、ちょっと……!」

彼を洗面台から引き起こし、水から放します。

スプラッシュした水道水で、こちらのTシャツもびしょ濡れですが、気にしている間もありません。

「いい?水を、飲もう」

子供に言い聞かせるように、一音一音はっきりと発音しました。

それを理解した土屋君は、蛇口の下で手をお椀型にし、水をごくごくと飲み始めます。

二リットル以上は飲んで、このまま止まらないんじゃないかと心配になったところで、彼は「もういい」と洗面台の陶器部分に両手を置き、自力で踏ん張って直立しました。

 

 

「どうやら、酔っているぞ、俺は」

就活生が自分のPRポイントを面接で口にする時のように、ハキハキした様子で彼は言います。

仰る通り、見事なまでの酔いっぷりです。

「わかってる。完璧に酔ってるよ。気持ち悪くない?吐く?」

ここで「吐く」と言われたらどうしようかと、訊いてから不安になりました。

「いや、気持ちは、いいぞ。とても、いい」

言いながらも、腕に入っていた力が抜けて、体が傾いてきたので、彼の右腕をこちらの肩に回して倒れないよう支えます。

「河合が友達でいてくれて、本当に、嬉しいぞ」

間近で視線を感じましたが、見返せません。

嬉しいのはこっちの方です。

中学一年か二年の時以来、自分を友達として見做してくれた人はいなかったのですから。

気恥ずかしくて、目を合わせられなかったのです。

自分でも喜色満面なのを、言い換えればニヤニヤに満ちた気持ち悪い顔であるのを感じていました。