鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~137

 

「そう。その食事の後、香奈にも言ったんだよ。あいつには気を付けろって。でもあいつは信じなくてさ。ちょっとした喧嘩もしたよ。すぐ仲直りしたけどさ」

そこで土屋君は苦笑いを浮かべました。

自虐的に見える笑みです。

「仲直りって言っても、俺が全面的に折れたんだけどな。惚れた弱みっていうか。俺には香奈しかいないけど、あいつにはいくらでも寄ってくる男はいる。だからこっちから歩み寄るしかなかったんだ」

彼がそこまで弱気でいるとは知りませんでした。

あれほど仲良く見えても自信を持てないのかと、土屋君にうっすら親近感を覚えます。

 

 

「でもな、もっと強く言い続けるべきだったんだ。俺の言った通りだったから……。水曜日の夜、香奈はあの教授と二人で食事に行った。一応俺も誘われたけど、断るのを見越していたと思う。だから二人で食事だけして、終わったら俺が迎えに行く手筈になってたんだ」

話が不穏な方へ傾いていくので、聞きたいとの好奇心と耳を塞ぎたい気持ちで心がグラグラします。

そんな自分の様子を汲み取ってか、土屋君は「無事は無事だったんだよ」とひとまず安心させてくれました。

 

「あの教授、食事が終わった後で香奈に言ったんだ。一緒に寝ないかってな」

「それは……」

この時自分は何を言おうとしたのか。

「うそでしょ?」や「冗談でしょ?」との陳腐な言葉だったかと思いますが、土屋君がこちらを担ぐ必然性はありません。

とすればそれは本当にあったこと。

そう考えると二の句が継げませんでした。

「英語でなんて言われたんだったかな。あまり俺らが知らない言い回しだったらしい。普通make loveだろ?でも、確かsleep withとか言われたんだって。でも求める所は、要はセックスだぞ。即座に断ったってさ。

でも、それが相当ショックだったみたいで、その日の夜に合流して、一連の話をした後、あいつずっと『ごめんね』って謝り続けたんだ。繰り返し繰り返し。悪いのは教授の方だって言っても、香奈は俺の言うことを聞かなかった自分が悪いって、自分をひたすらに責め続けてる。……多分今も。退学したいって言うのもそのためだし、だから学校に来られないんだ」

「……そうなんだ……」

大学で二日休んだだけなんて大したことないのでは、と考えた自分の愚かさ加減で自己嫌悪になります。

人はある一瞬、ある一言でも自分の存在を危うくさせることがある。

その時に、そう学びました。

ただ、学ぶこととそれに対処する能力を身に付けられるかは別です。

後に自分は傷付くとわかっていながらも自身を守れず、精神を損なってしまったのだから。