軌跡~ある教員サークルの興亡~94
「そうですか」
素っ気なさに対して素っ気なさで返さぬよう、できる限りの温情を込めて返事をしました。
心なしか扇子の動く速度が速くなった気がします。
緊張させるか、最悪苛立たせてしまったのか。
いたたまれない気持ちになり、口を開く勇気を失いました。
こちらにとって気まずい沈黙がしばらく続き、再びアブラゼミが近くの柱で鳴き始めると、本条さんは一つ間を開けた隣の席に腰を下ろしました。
畑野さんもいた時に、三人並んで座っていた時もその席だったので、すぐ右隣に座らなかったことには傷付きません。
でも、こうしてはっきり記憶しているからには、多かれ少なかれ気にはなったのでしょう。
周囲に対して過剰に反応する癖、今と変わっていません。
「記念館から駅に歩いて来たでしょ?その道がどこまでも続く感じ」
いきなりそう話し出した本条さんに驚き、でも動揺を表に出さないようにしながら、それがこちらが発した問いへの答えの補足と受け取りました。
「そう、なんですか。単調と言うか、平和と言うか……」
本当は「単調ですね」とだけ言うつもりでしたが、本条さんがそののどかさを気に入っているとしたら喧嘩を売ることになってしまいかねず、「平和」と言い足しました。
二人で会話の綱渡りをしている感覚です。
相手の出方を見て、一歩進むか、そこへ留まるか、それとも後ろへ引くか。
言葉の選択に緊張が走ります。
そう感じているのは自分だけだったかもしれませんが。
またしばらく沈黙が続きます。
畑野さんが早く帰って来てくれるのを願いますが、ホームの天井から下がっている時計の針はまるで動きません。
それでも、ホームに入った時とは針の位置が違っているので故障ではなく、時の心理的遅滞でしょう。
真夏の太陽が電車のレールをじりじりと焼いています。
これだけ熱を吸収すると、チョコレートのように変形してしまうのでは、などと益体もない思考を頭の中で転がします。
本条さんに掛ける言葉を探すべきだった気もしますが、自分は人付き合いが苦手だから、との諦めが先に立ち、対話を放棄していました。