軌跡~ある教員サークルの興亡~95
蝉時雨の中、パチンと自然の音とは趣が異なる響きが耳に届きました。
本条さんが煽ぐのをやめ、扇子をポシェットにしまうためにその口を開けた音です。
横目でその動作を何気なく見ていると、「河合君は……」と本条さんの口が開きました。
扇子を仕舞う、この前兆のお蔭でそれほど驚いていません。
「去年の私と似ているかもしれない」
「え……?」
それはないだろう、と全否定したくはありますが、まず話を聞きます。
「いつも受け身で、自分から発言することがなくて、周りに流されちゃうところとか」
合っているようで、実はそうでもないような気もします。何割かは誤解がありそう。
「本条さんもそうだったんですか?」
とりあえず自分の疑問は棚上げして、そう尋ねました。
サークル活動でも、その後の飲みでも、独特な存在感がある本条さんです。
攻める言葉はあまり口にしませんが、受け身ばかりでもありません。
自分から進んで意見を言うことがあり、しっかりした人だと思っています。
それが、去年はそうではなかったという。
どうして変わったのか、興味があります。
まさか高価な壺を買ったから性格が積極的になったとは言わないでしょう。
「うん、周りがお膳立てしてくれて、さあどうぞっていう形にならないと喋れなかった。それは小さい頃から同じだったんだけどね。おとなしい子で有名だったの」
そこで、それまでに無かった暖かい視線を感じたので、本条さんの方へ顔を向け、口元を緩めてみました。
(これ、笑う所だから)との念を受け取った気がしたためです。
ちゃんと笑顔を作れたか確信が持てませんでしたが、本条さんも「自分で言うのもおかしいけどね」と笑みで応じてくれました。
なんとか自分も笑えていたようです。
「でも大学に入って、この教員サークルに入ってから変わった。私が入った時はまだ同好会で、今みたいな模擬授業はしていなかったんだけどね。ただ、教員になるための情報交換をする会だったの」
そんな過去があったとは知りませんでした。
でも考えてみれば、今年急に出来たにしては、本条さんや築地さん、久慈さんといった二年生が最初からサークルに馴染んでいることの説明がつきません。
前身があっての慣れだったのだと、今更ながら納得しました。