鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~91

 

「河合君もね、飲み会の時、桃野君に付き合うことないんだよ。自分の飲み方で飲むのが、本人にとっては一番楽しくなれるペースなんだからね」

てっきり無言状態が続くと思っていたので、嬉しい声掛けです。

「強引は強引ですが、ギリギリのところでマイペースを保っていますよ」

「そうかなぁ……?」

会話はすぐに終わるかも、とホームの床に視線を落としたままでいましたが、畑野さんがこちらを窺っているのを感じ、横を向きました。

「本当に嫌だったら、避けますから」

答えたものの、思いっきり目が合ってしまいドギマギします。

意外に近くに感じ、畑野さんの眼鏡の奥の黒目の潤いすら見て取れます。

「できるかなぁ?河合君は限界まで我慢しちゃいそうだけど」

思えばこの時に、畑野さんからは自分の本質が見えていたのかもしれません。

後に、仕事で限界を超えるまで我慢して、精神が壊れ、うつ病となってしまったのですから。

 

 

「その時は合図してください。逃げた方がいいって」

そう言うとすぐに、畑野さんがこちらの肩をポンポンと叩きます。

隣にいるのに何だろうと、彼女の手に目を向けようとして首の角度を変えると、頬にプスリとした感触が走りました。

畑野さんの人差し指が刺さっているのです。

当時、後ろから肩を叩き、相手が振り向いたその頬に人差し指を差す仕草の流行の末期でした。……今もあるのかな?

 

「な……な……?」

人懐っこい仕草に目を丸くして驚くと、畑野さんは茶目っ気を口元に浮かべ、「合図ね、これ」と言いました。

「予行演習だよ。私がこうしたら、その状況から逃げる。そういう約束ね」

畑野さんは肩から手を離しましたが、まだそこに熱がこもっているかのように感じられます。

女性からそんな風にフレンドリーなタッチをされたのが初めてだったので、皮膚がその感触を忘れないよう、細胞をフルに活動させて脳の記憶中枢である海馬に情報を送っているためなのか。

「返事は?」

やや芝居がかった教師っぽい声で訊かれたので、「はい」と従順な返答をしました。