軌跡~ある教員サークルの興亡~100
内容の確認のため、頭を整理して、質問を組み立てます。
「畑野さんの前の彼氏ということですか?」
「そういうことになるよね。いつの間にか、畑野さんは本須賀さんと付き合うようになっていたんだけど……」
「だから、その仁部さんはサークルに来ないんですか?」
「違うと思うよ。だって、畑野さんの相手が切り替わったのって、去年の夏休み明けだし、その後も仁部さんは何事もなく集まりに参加してたから」
本条さんは記憶を確かめながら、ゆっくりそう話しました。
「あとね」
更に彼女は声を潜めて言葉を継ぎます。
「畑野さん、仁部さんと付き合う前は桃野さんとカップルだったはずだよ」
人間、驚きが過ぎると声も出なくなるものです。
心の中で「えええっ?!」と驚愕していても、体の表面がその驚きについてこないのです。
折角のマル秘情報に、こちらの反応が鈍いと見たのか、本条さんはややムキになって説明を加えました。
「そもそも、私が去年教員サークルの前身の同好会に入った時、桃野さんと畑野さんがいつも一緒にいて、時々構内で手を繋いで歩いているのを見たことがあったからね」
「桃野さんて、あの桃野さんですか?」
やっとそれだけ質問出来ました。
口を尖らせていた本条さんは、くすっと笑います。
「そう、私たちがよく知っている桃野さん。それと、畑野さんもあの畑野さん」
その発言の最後の方は、周囲を憚って小さな声になっていました。
いつの間にか畑野さんが席を立ってから十五分が経過しています。
そろそろ彼女が帰って来てもおかしくない時間です。
「今のこと、私が言ったって言わないでね」
「わかっています。言えませんから」
いつものように、(言う相手がいない)と考えますが、ふと土屋君の顔が浮かびました。
(いた)
サークル内の裏の人間関係模様、一緒に話すことが出来れば盛り上がりそうです。
ですが、人にゴシップを会話の種にするのはいけない気もします。
と言いながらも、面白がって本条さんの話を聞いている自分もいるので、見事なダブルスタンダードになっているのですが。