鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~99

 

「なるほど……」

本条さんが桃野さんを信奉するのももっともだと感じます。

自分も、今のように汚れていない無垢な時に、耳障りの良い、現実的なアドバイスを受けたら、同じように尊敬していたかもしれません。

「本条さんは、桃野さんの教えを実践しているんですね?」

「できる限りは、していると思う」

「じゃあ、憧れの人を頭の隅に置いているんですか?」

そう訊くと、本条さんは虚を突かれたように「え?」と無防備な表情を浮かべました。

「やっぱり桃野さんが憧れなんですか?」

質問している最中に、昨夜の桃野さんが見せた畳みかけるノリで迫っている気がして、一気に自己嫌悪になりました。

「それはない」

即座の否定です。

冗談じゃない、と言いたげな。

 

 

(じゃあ、誰ですか?)

昨夜の桃野さんの追及に似ていると気付かなければ、立て続けに質問するところでしたが、危ないところで踏みとどまりました。

それでもそこは、おそらく自分が何か口にする順番だったはずです。

それこそ、遠回りでもいいから「憧れの人」を突き詰めていく場面だったのかもしれません。

けれど、桃野さんと似たくない気持ちが口を閉ざさせ、奇妙な静寂が生まれました。

こんな時に、それまで邪魔なくらい鳴き騒いでいた蝉も、近くから去ってしまっています。

駅の外からの鳴き声しか届きません。

 

「仁部さんて、さっき言ったでしょ?」

静寂に耐え切れず、といった差し迫った調子で本条さんが口を開きました。

「ええ」

(彼が憧れの人ですか?)と訊きたいのを、お腹の底に力を入れて耐えます。

「その人、畑野さんと付き合ってたんだ」

「へ?」

思いがけない発言に、間抜けな返事になってしまいました。