軌跡~ある教員サークルの興亡~119
酒宴が進行する中、何かいつもと違うと感じました。
土屋君が顎のニキビを潰し、湧いてくる血をおしぼりに等間隔に染み込ませていることによる違和感ではありません。
三年生同士の会話があまりないのです。
さらにじっくり観察していると、これまで散々桃野さんがしていた米野さんへのセクハラ尋問がありません。
そこではたと気付きました。
桃野さんは知っているな、と。
本須賀さんと米野さんが関係したことを、です。
あるいは飲みのペースが速いのは、学祭への参加を見送ったことよりも、こちらの理由による方が大きいかもしれません。
あれだけ喋りたがりの米野さんです。
サークル内でどうでもいいポジションの自分に言ったくらいだから、桃野さんにだってちょっと訊かれれば洗いざらい告白していてもおかしくありません。
となれば、畑野さんだって知っている可能性があります。
桃野さんが知れば、必ず畑野さんに言うはず。
そういう性格の人です、彼は。
三角関係の当事者三人が出席している飲み会。
シチュエーションとして凄みがあります。
本須賀さんと畑野さんが別れていたら、まだ自分の理解は及びます。
ですが、ちらちら見る限り二人はこれまでと同じく仲良く振る舞っています。
隣同士の席に座り、肩がくっつきそうなほど寄り添い合っていました。
そこに険悪さは塵ほども窺えません。
しかも畑野さんの前には米野さんがいます。
そして、不自然さもなく二人は言葉を交わしているのです。
当時も理解できませんし、今だって同じです。
よく二股をかけた男を前に普通の態度を保持できるな、とここでも畑野さん、米野さん、本須賀さんを異世界の人種のように感じていました。
その前提があれば、桃野さんがやけ酒とも採れる速度で杯を重ねるのも肯けます。
人は理解を超えた事象と向き合わなければならなくなった時、系統だててそれまでに培った自らの価値観のどれかに無理矢理分類するか、新種として珍重するか、はたまたアルコール等を使って現実から逃避するかのいずれかの道を選ぶものなのでしょう。
それか敬して遠ざける、つまり関わらないかです。
自分は最後の道を、桃野さんはアルコールの道を選びました。