軌跡~ある教員サークルの興亡~75
「ほら、石を一つずつ持って」
いつの間に集めたのか、桃野さんはちょうど手にすっぽり収まるサイズの小石を配り始めます。
「叫ぶと同時に海に投げるんだ。んじゃ、俺からな」
馬鹿げたことでも率先してするところは、一目置かざるを得ません。
「もう就職なんて」
と砂浜を走りながら助走をつける桃野さん。
「冗談じゃねえぞ!」
と叫んで石を沖の方へ投げました。
それは見えなくなるところまで飛び、着水の音も風や波の音に紛れて耳に届きませんでした。
大学三年生の夏、就職活動が間近に迫っていることの心からの叫びです。
当時は就職氷河期、教職も競争率が高く、一般企業も視野に入れていたのでしょう。
もっとも、一般企業の方がより難関だったのですが。
それを見ていたメンバーは、桃野さんの行動について苦笑で応えます。
それでも、苦さの程度は若干和らいでもいます。
無茶苦茶とは言え、固い空気を打破したのですから。
「次、本須賀、行け」
「俺かぁ!?」
桃野さんに命令され、本須賀さんは仕方ないな、という気持ちを全身から漂わせながら小石を手でもてあそびつつ波に向かいます。
そして、一度水が砂浜を湿らせ、返っていくのを追うように走り、「米野と河合、付き合っちゃえよ!」と叫んで石を投げました。
桃野さんほどの飛距離はなく、目視できる場所に石は落ち、波が浜の方に向かってきます。
急いで元に戻りながら、本須賀さんは「どんなもんだ」と得意げな顔。
(S大学の人もいるのに、また迷惑なことを……)
と内心で思い、どう表情を作っていいかわかりません。
真顔と作り笑顔と怒り顔と困惑とを混ぜ合わせた、奇妙な面相になっていたことでしょう。
「ここまでお膳立てされたら、次はお前の番だろ。米野に対する思いを打ち明けちゃえよ」
そんなことを桃野さんは言いますが、さすがに事実誤認が甚だしく反論しました。
「何もないです。思いも何も」
力強く断言しつつも、桃野さんも自分と米野さんを付き合わせようとする話に一枚かんでいたのだと思い至り、息苦しく感じました。