軌跡~ある教員サークルの興亡~49
「友達でいましょう、って言ったんだよね?」
米野さんの友人である染谷さんも会話に参加し、話を進めました。
どちらかと言えば控え目な彼女にしては珍しいことです。
あるいは染谷さんも、飲み会で盛り上がるお約束のネタである恋愛話にのぼせていたのかもしれません。
「そうなのか。サークルとしては、どちらかが来られなくなるような決定的な別れじゃなく、そうフォローしてくれたのはありがたいよ。久慈も納得したんだろ?それで」
「納得というか、理解はしてくれたと思います」
「久慈はプライドが高いから、恋人はやめ、ってことになったら、みっともなく縋ることはないだろうな。友達でいましょうって言ったのは、一番いい選択だよ。あいつも自分の中で、そうか友達かって、心の整理をしやすいだろうしさ。納得してるよ、久慈も」
弁舌爽やかに本須賀さんが述べました。
無難なコメントに皆も肯きます。
後々自分も学んでいくことですが、現実社会において無難な意見をもっともらしく言えるのは、この世を生き抜いていく上で有利になるスキルです。
米野さんも自信なさげだったのが、本須賀さんの言葉に勇気を得て、「そうですよね」と独り決めしてしまいました。
いくら心が無いとはいえ、恥ずかしい自作小説を読まれた上に、好きだと言ってきた子からお友達宣言される久慈さんに、同情を禁じ得ませんでした。
そう考え、気持ちを湿らせている時に、周囲はもう米野さんの別の男探しの話になっています。
冗談のツボだけでなく、哀しみのツボも人と違っているのかといささか呆然としました。
この時は、いえ、この時もぼんやりしていた自分は、以後も米野さんの恋愛に関わってゆくとは夢にも思っていませんでした。