軌跡~ある教員サークルの興亡~50
夏休みに入ったからといって、特別楽しい気持ちにはなりません。
友達がいないのですから、誰からもどこかへ行こうとの誘いもなく、家に引きこもって本や漫画を読んだり、テレビゲームをしたりと、何の生産性もない自堕落な生活を送っていました。
家族とも最低限の会話しかしません。
丸一日声を出さなかった、なんてこともざらです。
そんなグダグダなある日のこと、PHSが珍しく鳴りました。
当時はケータイよりもPHSの方が普及していたのではないかと記憶しています。
大学デビューで、友達や恋人を作るには必須のアイテムかと考え、入学前の三月に思い切って契約したものです。
けれど、もう友達もできない、ましてや恋人なんて、と見切りをつけ、解約しようかと考えていたところでした。
電話をかけてきた相手は畑野さん。
思ってもみない相手だったので、「もももももしもし」とお約束のようにどもります。
「あ、河合君元気?今週末の土曜日、暇かなぁ?」
一瞬頭が真空状態になりました。
絵に描いたようなデートの誘いではないかという歓喜のためです。
けれど直後に様々な疑問が浮かんできます。
畑野さんは本須賀さんと付き合っているし、いや、もしかしたら別れたのか。
別れた後の女の人って妙に人恋しくなるということだけど、それだろうか。
もしかしたら、人肌恋しいなんてこともあるのか。
そんないかがわしいことまで考えたところで、畑野さんが、
「モト君と、米野さんとでドライブに行こうかってことになったんだけど、河合君も一緒にどうかな?」と続けました。
畑野さんは本須賀さんのことを「モト君」と親しみを込めて呼ぶのです。
それで、別れてはいないらしいとは察知しましたが、謎なのはメンバー選考です。
ドライブデートなら二人で行けばいいものを、なぜに米野さんを呼ぶのか。
さらに、そこになぜ自分を混ぜるのか。
訊きたいことは多くあれど、口下手な上に、口をきく機会が激減していた夏休み中です。
上手く尋ねられないままに、「暇は暇ですけど」と間に合わせの返答をしました。