軌跡~ある教員サークルの興亡~103
「うん、なにかとりとめもなく話していただけ。河合君は話したいことある?」
少し距離が近すぎると感じられる位置に座る畑野さんに、そう訊かれます。
「自分は、特には……」
「河合君、学部と学科はどこだっけ?」
S大学の先輩に尋ねられ、文学部の国文科と答えました。
「そう。俺も国文科だから、ここにいる全員が同じ学科なんだね」
言われてみれば、正方形のテーブルの向かいに座る本条さん、右辺に座る片瀬さん、左隣の畑野さん、そして左辺のその先輩と、国文科が勢ぞろいです。
「好きな作家とかいる?」
その頃、というか今でも、ポール・オースターという作家が好きでよく読んでいるのですが、せっかく国文科で寄り集まっているのにアメリカの作家を出すのは気が引けたので、「村上春樹とか、です」と答えました。
その場しのぎの出まかせではなく、本当によく読んでいる作家です。
「河合君も村上春樹好きなんだ?」
片瀬さんが目を輝かせました。
「私も小説は全部読んでるよ。エッセイは二冊か三冊しか目を通していないけど」
と畑野さん。
本条さんも、S大学の先輩も彼の作品はそれなりに読んでいるとのこと。
その間、横座り、俗称女の子座りをしている畑野さんの爪先が、あぐらを崩した形で座っているこちらの太ももにちょくちょく当たるのを感じます。
さりげなく距離を遠くしますが、それでもまだ触れます。
自分は確かに右に移動しているはず。
テーブルの上のコップの位置を見て、そう確認しました。
ということは、畑野さんが近寄っているか、彼女の足がずれてきているかです。
これ以上右に動くと、今度は右辺にいる片瀬さんに近付き過ぎると感じ、畑野さんの足が当たるのは仕方ないと諦めました。
自分の気にし過ぎかと判断したというのもあります。