軌跡~ある教員サークルの興亡~115
会話が色恋方向へ行くので、その流れに乗ることにしました。
「米野さんは最近誰かと付き合ってるの?」
夏休み前に久慈さんと別れたばかりです。
(まだ全然そんなことないよ)的な返答を予期していましたが、意外にも「うーん、一応ね」との答え。
「え……?両想いなんですか?」
自らの経験にないことをしている人には、自然と敬語が出てしまいます。
「うーん、難しいなぁ」
明瞭な返事がないのが不審です。
一応付き合っているのに、両想いと言い切れない。
何だか大人の恋愛を感じさせます。
「付き合っている人はいるんだよね?」
念のために再確認しました。
「一応……」
その「一応」が分からないんだけど、と問い詰めたくはありますが、そう詰問してゆくとまた桃野さんぽくて自己嫌悪に陥るので、違った方角から柔らかめに検討することにします。
「米野さんはその相手のことが好きなんだよね?」
この質問には「うん」と、はっきりした答えが返って来ました。
「相手はどうなの?米野さんを好きなんでしょ?」
「うーん、そこなんだよねぇ。……河合君、知ってて訊いてない?」
「え?」
自分が何をどう知っているというのか。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、ということわざがありますが、まさしくそんな顔になっていたに違いありません。
「あ、本当に知らないっぽいね」
米野さんが安心したように言いますが、どこかわざとらしさがあります。
そこでやっと、ある疑惑が脳の片隅に侵入して来ました。
「もしかして、教員サークルにいる人?」
おおよそ目星は付いていましたが、まず鎌をかけます。
「そう、だね」
「先輩、だよね?」
自分が誘導しているようでいて、実は言わされている感覚があります。
米野さんの思わせぶりな態度に乗せられて話しているのです。
「そう、って、もうわかってるよね?」
わかっています。
が、いざという所でするりと回答をはぐらかされないよう、外堀を埋めるかどうか迷いました。
電車は順調に走っており、原宿に着いたところです。
次の渋谷で下車しなければいけないので、一気に急所を攻める方へ舵を切りました。
「本須賀さん?」
そう訊くと、米野さんは声もなく首を縦に振りました。