軌跡~ある教員サークルの興亡~114
結局一時間以上話し合っても、これという提案が出なかったため、また二人各々で考えることにしてカフェを後にしました。
特に学校に用事はないので、そのまま帰ることになったのですが、米野さんが品川に用があると言うので、途中まで一緒になりました。
同じ一年生でも学科が違いますし、共通点と言えばサークルのことしかありません。
だから電車に乗った後、話題を振るにもそれしかなく、「久慈さんとは気まずくない?」と訊きました。
今思い返しても配慮を欠いたひどい質問だとは思います。
さすがにこの無礼さはスキゾイドのせいにはできません。
社会的経験の低さと、話し下手の融合により生じた失言です。
「いきなり……」
神経が太いと思われる米野さんも絶句です。
いくらかの言葉を交わし、ウォームアップが済んだ後ならばまだ許されたでしょうが、それすらなかったのですから当然です。
米野さんが答えに詰まったのを見て、まずかったと反省しました。
「いえ、その、心配で……」
そう取り繕いましたが嘘です。
心配などしておらず、ただの興味本位。
純度100%野次馬根性からの発言です。
「そう……。気を遣わせてごめんね」
米野さんの言葉が良心に突き刺さります。
「でも、久慈さんとはもう何もないから大丈夫」
何でもない発言のはずですが、片方の耳からもう片方へと抜けていきません。
わずかばかりの引っ掛かりを感じます。
(久慈さんとはもう何もない)
ということは、久慈さん以外と何かあるのか、そう邪推してしまいます。
その辺りを問い詰めていいものか逡巡しているうちに、電車は新宿に着きました。
混み合っていた車内も乗客が入れ替わり、米野さんと並んで立っていた前の座席が空きます。
ちょうどいいと、二人とも座り、また車内に乗客が満ちて来るのを見ていました。
時間は午後の四時過ぎ。
帰宅ラッシュには早いですが、混み始めの初期に当たっているよう。
電車が動き出すと、米野さんが「最近塾のチューターさんとはどうなの?」と訊いてきました。
米野さんにしても、こちらの個人的な趣味や興味をよく把握しておらず、飲みの席で度々話題になるものを口にしてみたといった感じです。
「相変わらず何も進展なし。会いに行ってもいないから」
予備校の校舎の中までは行っていませんが、学校の周りをうろつくことはままありました。でも、町の中で偶然会えるとも考えていません。懐かしんでいただけです。
その時は大学一年の初秋ですから、四年の春まで続く白山さんへの片思いの序盤でした。
「ふーん、浮気もせず一途なんだ」
米野さんがキラキラした目でそう言います。
片思いで浮気というのが成り立つのか疑問に思いましたが、「ええ、まあ」と答えを返します。