体罰 前編
昨今、教師による体罰が大きな問題になることがあります。
いや、散々問題になったので、近頃では沈静化しているところでしょうか。
むしろ教師が手を出していないのに、生徒から手を出したと言われ、ネットで拡散されて大問題になるのを恐れているくらいかもしれません。
だからこそ教師は、生徒たちに対して腫物に触れるようにソフトタッチで、いえ、タッチすらせずに接しているのが実情とも見えます。
私が中学生の頃どうだったか思い返してみると、体罰は普通に行われていました。
中でもよく覚えているのが中学二年の秋ごろのこと。
二日連続で同じ友達と共に殴られたことです。
一度目は、校舎内にあるちょっとした広間でPKごっこをしていた時です。
ゴールは壁に立てかけられた板で、ボールは触るとポヨンポヨンしている柔らかな物でした。
友達、ここでは梅本君としましょう、彼と私とがキッカーとキーパーの役を交代しながら合計得点を争う遊びです。
そこに学年主任の小倉教員が現れ、ティファールより早く沸点に達した上にプッチンです。
「何してるんだ!」と彼が怒鳴り、近付いてくるなりグーで私と梅本君の頬をぶん殴りました。
五十代前半の男性教師ですから、まだ体力旺盛のはず。
私たちはよく倒れなかったと思います。
あるいはキレていても、本気で殴らないだけの理性があったのでしょうか。
そんなことがありましたが、今考えれば小倉教師の怒りも当然だと思えます。
というのもゴールにしていた板には、美術部員による学園祭用の巨大な帆船の絵が描かれていたからです。
幅三メートル、高さも三メートルほど。
見栄えがしました。
でも、学園祭が終わった後だから、どうせ捨てるのだろうと勝手に考えていた気もします。
ただ、言い訳をさせてもらえるなら、力作だとわかっていたからポヨンポヨンのボールを使っていたのです。
どんなに強く板に当たっても穴が空いたり、絵が傷付いたりしないほどの風船に近いボールでしたから。
時が経ち、一応は成長する中で、実はそこが問題ではないのもわかって来ています。
要は不敬だったのです。
不敬というのは本来皇室や寺社についての言葉なのですが、ここで使ってもいいでしょう。
美術部の部員が一生懸命魂を込めて描いた絵です。
(中には適当に参加した人もいたでしょうが)。
そこに神が宿らないとも限りません。
そういうのを漠然とではあるものの概念として感じていたから、殴られても理不尽さは感じず、素直に反省したのを覚えています。