鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

正直村の落とし物箱

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日当たりのいい階段ホールの最上階にその箱は置かれていた。

いつからか、その中身を見るのが私の習慣になっていた。

 

箱といっても、段ボール箱や貨物用の木箱とは形が違っていて、それにはテーブルと同じような四つの足が付いていた。

大きさはゲームセンターによく置いてあったピンボール台の半分くらいだろう。

当時小学生だった自分には、かなり大きく感じられた。

 

箱の深さは二十センチほど。

縦が六十センチ、横幅は一メートルほど。

蓋は窓のように、木枠にガラスがはめ込まれたものとなっており、五センチ幅の細い板がガラスの真ん中に縦に一本入って補強されていた。

蓋の奥側で木枠と箱が蝶番でくっつけられていて、手前についた持ち手を引き上げて開閉する形式になっている。

 

小学六年の時に、その蓋が腰の上あたりに位置していたから、高さは七十か八十センチくらいだろう。

箱もその足も真っ白なペンキで塗られていた。

その後の人生で、どこにも同じものはなかったし、そういうものがあったという話も聞いたことがないので、教師か用務員かのお手製だったかもしれない。

 

 

それは落とし物箱だった。

学校で何かを拾ったらそこに入れるか、自分で入れられない生徒は教師に入れてもらっていた。

ガラスと木でできた蓋は重くて、開けるのに力がいるのだ。

また、自分が何かを落としたら、まずその箱を見に行くことになっていた。

私の経験では、八割、九割方はそこで落した物が見付かった。

 

当時はそれが当たり前で特に意識しなかったけれど、今振り返ってみると発見確率が実に高かったと気付かされる。

正直者ばかりの小さな村。

そんなユートピアのような学校だった。

 

そこには実にいろいろなものが並べられていた。

鉛筆や定規、コンパスといった文房具や、体操着、赤白帽、教科書やノートも入っていたりした。

中身が入っている通学鞄や財布、鍵といった貴重品もあったし、どうしてだかパンツが入っていることもあった。

さすがに鞄や財布を落とした生徒はすぐに気付いて、箱からなくなるのは早かった。

 

ずっと残っているもの(ばらの鉛筆や消しゴムなど)、あるいは落とし主がすぐに現れるもの(定期入れや財布)が混在しており、その入れ替わりを見るのがささやかな楽しみになっていた。

 

明らかにお金が入っている財布も、私が知る限りでは他の人が持って行ったことはなかったと思う。

あったとすれば多少の騒ぎになっていただろうから。

もっとも小学生の持つ財布の中身なんてたかが知れたものだけど、幼い時の感覚では百円、二百円だって大金だ。

 

性善説に基づいたあの落とし物箱。

今も小学校にあるのだろうかと、懐かしく思い出す。

少し、胸が温まる。

 

心があった時の記憶。