押し入れに潜む老婆
どうして精神が病み、今の立ち行かない状況に陥ったのかを探求していると、自分にとって一番遠い場所にある記憶は何かとの問いに辿り着く。
見付けた答えは、現実であり、夢であり、それを記憶と呼んでいいものか判然としない。
けれど、私の思い出せる範囲で最果てにある記憶であることに間違いはない。
押し入れに潜む老婆。
字面からして怖い。
そして、現実はまさしく恐怖そのものだった。
タネを先に明かせば、夢だったのだと思う。
家を建て替える間、1Kのアパートに両親と姉二人、それから私の五人で住んだことがある。
そこで暮らした日々において、頻繁に見る夢があった。
押し入れを開けると、和服姿の老婆が飛び出してきて、私の首を絞めるのだ。
いやにリアルで夢とは思えず、目覚めるたびに母と一緒に押し入れに誰かいないかを確かめたのを覚えている。
そのような夢を見たこと。
それが私の一番古い記憶だ。
うつ病になってからそれを思い出し、あの老婆は父方の祖母が私を殺そうとこの世へ舞い戻って来たのではと思うようになった。
私のような出来損ないの人間は、手間を掛けて成長させるより今殺しておくべきだと判断されたのではないか。
霊に。
そう考えると、写真でしか見たことがない父方の祖母と押し入れの老婆とは似ていた気がした。
生きていてはいけない人間、死を望まれる人間、それが自分なのかと、すんなりと納得できてしまう。
ここでもう一つタネ明かし、というか自己流の解釈をすると、おそらく幼い頃の私は押し入れを開けた時に、引っ越しの際、乱雑に積んだ荷物の中から祖母の写真を見たのではないか。
そしてテレビで心霊番組などを見た時の恐怖が脳裏にこびりつき、それと写真とを結びつけて無意識の中で恐ろしい夢を仕立ててしまったのではないか。
今はそう思う。
だからと言って、それで自己の無価値観が軽減されることはないのだけれど。