鬱な現実~うつしぐさ~

うつ病者及びスキゾイド症者の語るしくじりだらけの人生

軌跡~ある教員サークルの興亡~124

 

それで、こちらが本気で怒っていると思い至った桃野さんは鋭い目で見返して来ました。

にらみ合いは随分長く続いた気がします。

二十秒から四十秒、そのくらいです。

彼の方が頭半個分背が高いので見上げる形になっていましたが、一歩も引くつもりはありません。

ここで怒らないといけないとの決意が、自身の内部でみなぎっています。

桃野さんからすれば座興の足しでしたことなので、これほどの反感を買うと思っていなかったのでしょう。

やがて彼の睨む視線が緩んで来ました。

 

「わかった」

今度は桃野さんも一切笑わずに言います。

「言わないよ。これからは」

そう口にすると、彼は腕を回してこちらの手をほどきました。

その途中で視線も逸らせます。

勝った、とは思えません。

でも、最後まで戦った。

そう感じはしました。

 

 

そこで何となく気配を感じたので上へ視線を移すと、畑野さんが階段の一番上からこちらを見下ろしているのに気付きました。

彼女がいつから見ていたのかは分かりませんが、桃野さんと自分とが険悪な雰囲気にあること、たった今それが一段落したのを見て取ったのでしょう。

「なにしてるのー?」

と殊更に間延びした口調で声を掛けて来ました。

この後、事態をどう収拾させようか見当も付かなかったところなので、畑野さんの登場は渡りに船でした。

それは桃野さんも同じだったのか、「おお、すぐ出るよ」と、くるっとこちらに背を向けて片手を挙げて見せました。

 

「行こうぜ」

小声で桃野さんが言うのが聞えました。

少し遠慮が感じ取れる言い方です。

先に彼が階段を上り、自分が後に続きました。

畑野さんはもう店の外に出ています。

あと三段で一番上に着くところで桃野さんが足を止め、階段の端に寄ったので、そのまま上り続けていた自分が彼と横に並ぶ位置関係になりました。

そこで彼はふわっと右腕を回してこちらの肩に手を置き、「悪かったな」と謝りました。