軌跡~ある教員サークルの興亡~133
「頭おかしいって、どうして?」
「お前も知ってるんだろう?本須賀さんと米野さんがヤったってこと」
「あー、うん。……知ってる」
米野さんから口止めされていないのを思い返しつつ言いました。
内容が内容だけに、秘密にするのが当然だと思っていましたが、既に知っている相手に対して隠し立てしても仕方がないとの判断です。
「河合は誰から聞いたんだ?」
「米野さんから直接」
コンマ数秒声を失った後、土屋君が続けました。
「……マジか。米野さんも狂ってんな。自分で言うことか?本須賀さんと寝たって」
「そんな言い方じゃなかったよ。『関係を持った』って言ったかな」
「余計いやらしいぞ。本能のままに生きてるな、米野さんは。俺も相当性欲強いと思うけど、あの子には負けるかもしれんなぁ」
土屋君は呆れた口調で言いました。
「でも何で知ってるの?二人の関係を」
「ん?俺か?だから、バーに行った時に聞いたんだよ。それで頭おかしいって言ってるんだ。男の方は一年女子とヤって、女の方は一年男子を誘惑する。それでいて、あの二人は別れるつもりは毛頭ない。狂ってるだろ」
「本須賀さんが自分で言ったの?米野さんと……」
「ヤったってな。そう、得意げに言ってたよ」
「薄っぺら……」
言うつもりはなかったのですが、つい口から本音が滑り出てしまいました。
「本当そうだな。ぺらいよ。もう少しマシな人だと思ってたけどな」
「うん」
無性に虚しくなり、教員サークル自体が本格的に色褪せて見えてきたのがその時からです。
「どうしようもない人間がよくこれだけ集まったなって思うよ。サークルなんてそういうものかもしれないけどな」
土屋君も自分と同じく他のサークルとの掛け持ちはしていないので、それらの実態については憶測でしか言えません。
それから二人でグラスを手元に引き寄せ、氷が溶けてもなお濃厚なミルクティーに口を付けました。
余談になりますが、友達がずっといなかったので、土屋君をどう呼べばいいか迷っていました。
そのまま「土屋君」と言えばいいのですが、相手がこちらを「河合」と呼び捨てにしているのと釣り合わない気がします。
といって、「土屋」と呼ぶのもぶしつけな気がしてしまう。
迷います。
迷い続けました。
そして迷い通しました。
結局自分は土屋君のことを、名前を使って呼ばずに過ごしたのです。
何か用があって呼び掛けなければいけない時は、「ねぇ」とか、「あのさ」と言っていました。
こういうことは、相手も気付くのだろうか?
「土屋って呼んでくれよ」などと言われるのを待っていたのですが、遂にそう言われませんでした。
他力本願ではいけないので、「何て呼べばいい?」くらいは訊いた気がしますが、自分が呼び方に関してずっと悩んでいたのだから、明確な答えはなかったのだでしょう。
「好きに呼べばいいよ」くらいは言われたのだろうけれども。