席替え
高校時代、あまりに悲惨で出来るだけ思い出さないようにしていた時期。
ずっと記憶の奥底に沈め、封印して来た。
それでも何かの折に、見たくもないシーンが脳裏に漏れだしてくることもあった。
そういった記憶の断片を振り切って逃避する生活が長く続き、現在、思い出さないでいた記憶は、思い出せない記憶に変わっているのに気付く。
安堵してよさそうなものを、なぜだか心のひだを寂莫とした思いが洗う。
人生を苦しむこと。
それが私らしさだったからなのか。
心があった時代、苦しみは何よりの前提としてあった。
楽しく、らくに生きたことはない。
それでも、思い出せないはずの記憶がふとした瞬間、昼間に間違って出てきてしまった亡霊のように、フワフワと頭に浮かび上がってくることがある。
幸いなことにいくらか毒気が抜かれたものとなって。
それとも陰鬱な生活を過ごす中、神経が毒を感じないほどに鈍麻したのか。
なぜか高校の三年間を通じて、一回だけ席替えがあった。
ある日突然、担任がそう提案したのだ。
私の周り、特に左と後ろにはいじめっ子が陣取り、日々ひどいことをされ続けていた。
だから、そこから離れた席に行けるのならどこでも歓迎のはずだった。
ところが、何の順番で、どうしてそうなのかは知らないけれど、私の席は教師の目の前になってしまった。
教卓に自分の机が接している。
そんな席だ。
顔を上げれば教師が間近に見える。
声が鼓膜をダイレクトに震わせる。
常に緊張を強いられる。
耐えられなかった。
教室の右端の最前列に、黒板消しクリーナー置き場となっている机があった。
我ながら大胆だと思うけれど、席替え後三四日経ってからはそこに椅子を持っていき、自分の席とするようになった。
もちろん教師に許可は取っておらず、無断での行動だ。
授業中は黒板消しクリーナーを床に降ろし、休み時間や帰りのホームルームが終わった後にそれを机の上に戻す。
そんな生活をするようになった。
出欠はもちろん取られるのだけど、私は名前を呼ばれると移動先の席から返事をした。
不思議と、それで「自分の席に戻れ」と言われた記憶がない。
黒板消しクリーナー置き場に勝手に座っているのを不気味だと思われたせいだろうか。
何にも結び付かない、独立した記憶。
学校側がいじめを認知していれば、私を安全な場所に移すためかという説明がつくけれど、そういった事実はない。